日本の「低学歴化」が止まらない?博士号取得者が10年で16%減少した衝撃の理由と企業が抱える課題

世界が高度な知識を武器にする「新・学歴社会」へと舵を切るなか、日本だけがその潮流から取り残されているという衝撃的な事実をご存知でしょうか。2019年12月08日現在、最新の調査データによると、主要国で博士号取得者が急増しているのとは対照的に、日本国内の取得者数はこの10年間で約16%も減少しています。経済のデジタル化が進む現代において、高度な専門性の証である「学位」の価値が、日本ではいまだに過小評価されている実態が浮き彫りになりました。

SNS上でもこの問題は熱い議論を呼んでおり、「博士に進んでも就職で不利になるのはおかしい」「専門性より人柄を重視する風土がイノベーションを阻害している」といった悲痛な声が相次いでいます。そもそも「博士号」とは、特定の研究分野において自立して研究を行う能力や、深い専門知識を持つことを証明する国際的なライセンスです。世界トップクラスのIT企業であるグーグルなどでは、先端技術者として採用されるための必須条件に近いものとなっていますが、日本ではその認識が大きく遅れています。

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企業が求める「人柄重視」の罠と深刻な年収格差

日本の学生が大学院進学を躊躇する背景には、国内企業の極めて特殊な採用慣行が存在します。2016年度までのデータを見ると、米国や中国では学位取得者が2割以上増えていますが、日本企業は依然として「コミュニケーション能力」などの人柄を最優先する傾向にあります。あるAI専攻の学生は、採用面接で専門性よりも入社時期を優先するよう迫られ、学位取得を諦めたといいます。こうした「専門性を軽視する姿勢」が、優秀な若者の芽を摘んでいる現状は非常に嘆かわしい事態です。

さらに深刻なのは、学位に見合った報酬が得られないという経済的格差の問題でしょう。米国の博士号保持者の平均年収が900万円を超え、学部卒の約1.7倍を稼ぎ出すのに対し、日本での年収差はわずか1.25倍程度に留まっています。これでは、多額の学費と時間を投じてまで高度な教育を受けようという意欲が湧かないのも無理はありません。私個人としても、プロフェッショナルな知見に対して正当な対価を支払わない文化こそが、日本経済の停滞を招く最大の要因だと確信しています。

国家競争力を左右する高度人材の「争奪戦」に勝つために

かつて1990年代に政府主導で博士を増やした際、任期付きで不安定な雇用形態を指す「ポスドク(ポストドクター)」問題を生み出した負の歴史も、進学意欲を削ぐ要因となっています。しかし、米国では博士の4割が民間企業で活躍し、イノベーションを力強く牽引しています。日本で博士号を持つ人の多くが大学に留まっている現状は、裏を返せば企業側が高度人材を使いこなす準備ができていない証拠であり、グローバルな評価基準から孤立しているといえるでしょう。

2019年12月08日、私たちは今まさに、教育現場と雇用慣行の両面で劇的な改革を迫られています。大学側は企業で即戦力となる人材を育成し、企業側は「専門性」を軸にした評価制度を確立しなければ、世界の人材獲得競争で勝ち残ることは不可能です。もはや「人柄が良いから」という理由だけで採用を決める時代は終わりました。高度な専門知を持つ人材を「宝」として迎え入れる文化が根付かなければ、日本の産業競争力が再生することはないでしょう。

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