2019年12月12日、北米の経済圏を支えてきた自由貿易の枠組みが大きな転換点を迎えました。アメリカ、カナダ、メキシコの3カ国は、長年親しまれてきたNAFTA(北米自由貿易協定)に代わる新協定「USMCA」の運用開始に向け、ついに最終合意へと至ったのです。2020年春にも発効される見通しのこの新ルールは、米国の製造業を守ろうとするトランプ政権の強い意志が反映されています。
SNS上では「メキシコでの安価な生産モデルが崩壊する」「車体価格の値上がりに直結するのではないか」といった不安の声が目立ちます。一方で、自国の雇用を守ろうとする動きを支持する層もあり、意見は真っ二つに分かれている状態です。これまでの効率的なサプライチェーン(部品調達から販売までの供給網)を築き上げてきた自動車メーカーにとって、この変化はまさに荒波と言えるでしょう。
「関税ゼロ」への高いハードルと原産地規則の厳格化
今回の新協定で最も注目すべきは、「原産地規則」と呼ばれるルールの厳格化です。これは、無関税の恩恵を受けるために「製品の何%を北米域内で作ったか」を定義するものですが、そのハードルが大幅に引き上げられました。具体的には、乗用車の域内調達比率が従来の62.5%から75%へと跳ね上がり、エンジンなどの主要部品についても高い域内生産率が求められることになります。
さらに驚くべきは、労働付加価値ルール(LVC)の導入です。これは、車の価値の40%以上を時給16ドル(約1700円)以上の工場で作ることを義務付けるものです。メキシコの平均的な賃金水準は時給10ドル未満であることが多いため、この規定は低賃金を武器にしたメキシコ生産への実質的な制限となります。日本製の高品質な部品や、安価なアジア製パーツを自由に使うことも、今後は難しくなるでしょう。
日本メーカーへの直撃と不透明な将来予測
この新ルールは、メキシコを輸出拠点として活用してきた日本企業に重い課題を突き付けています。例えばホンダの人気車種「HR-V」は、現時点での域内調達率が67%に留まっており、新基準の75%をクリアするためには調達網の抜本的な見直しが急務です。部品メーカーのサンデンホールディングスも、生産拠点の米国移管を検討せざるを得ない状況にあり、経営判断の難しさが浮き彫りになっています。
トランプ政権は、この協定によって数万人規模の雇用が米国に戻ると期待を寄せています。しかし、専門機関の予測では、コスト増によって北米産の完成車が減り、逆に北米以外からの輸入が増えるという皮肉なシナリオも懸念されています。保護主義的な政策が、結果として消費者の負担増を招くだけに終わらないか、私たちは冷静に見守る必要があるでしょう。
個人的には、自由貿易の「自由」という言葉が消えた新協定の名前に、現在の国際政治の厳しさを感じずにはいられません。効率を追求したグローバル経済から、自国の利益を最優先するブロック経済への揺り戻しが、私たちの生活にどのような影を落とすのか。自動車という巨大産業の動向は、これからの世界経済の試金石となるに違いありません。
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