インド洋に浮かぶ宝石、スリランカ。その紺碧の海には、私たちの想像を絶する巨大な生命が息づいています。水中写真家の越智隆治氏がレンズ越しに出会ったのは、まさに「海竜」という言葉がふさわしい地球最大の生物、シロナガスクジラです。
スリランカは1983年から2009年まで続いた長い内戦を経て、ようやく観光の光が差し始めた矢先の2019年4月21日、悲しくも大規模な爆破テロに見舞われました。しかし、そんな人間の動乱をどこ吹く風と、クジラたちは変わらずこの豊かな海を回遊し続けています。
島を取り囲むように走る水深1000メートル級の巨大な海溝は、マッコウクジラが好む深海性のイカや、シロナガスクジラの主食であるオキアミの宝庫です。特に南西のメリッサや北東のトリンコマリーは、この海溝が岸に急接近するため、世界有数のホエールウォッチングの聖地となっています。
知性と直感が交差する、大海原の真剣勝負
広大な外洋でクジラを探し出すのは至難の業ですが、熟練の撮影者は彼らの「食事の作法」から動きを読み解きます。クジラは潮の流れに逆らって泳ぎながら捕食する習性があるため、潮流や地形を分析すれば、次に浮上するポイントをおおよそ予測できるのです。
クジラが潜る際に水面に残る円形の波紋「フットプリント」は、彼らが海中へと消えた証。その航跡を追い、数キロ先で静かに待ち構えます。巨大な体に似合わず、シロナガスクジラは非常に繊細な性格です。少しでも船の動きが不自然であれば、彼らは警戒して進路を変えてしまいます。
予測が的中し、船の真後ろから巨体が姿を現した瞬間の高揚感は格別でしょう。海中で静かに待ち構える越智氏の目の前を、巨大な影がゆっくりと横切ります。水中で音は聞こえないはずですが、その圧倒的な存在感に、まるで大型旅客機が通り過ぎるような爆音を錯覚するそうです。
宗教の壁を越える絆と、揺るぎない平和への願い
クジラを追うチームの顔ぶれは、仏教徒のオーナーをはじめ、ヒンドゥー教徒やイスラム教徒のクルーといった多彩な宗教背景を持っています。SNSでも「多様な人々が協力する姿に希望を感じる」といった声が上がっていますが、現実には今なお宗教間の火種は絶えません。
クルーから漏れた「お前がリーダーをやってくれ」という言葉には、現地に根深く残る対立の構造が透けて見えます。せっかく見つけ出したこの美しい楽園が、人間の争いによって閉ざされてしまうことは、何としても避けなければならないと、編集部としても強く感じます。
野生の王国スリランカで見られるのは、ピグミーシロナガスクジラという少し小ぶりな亜種ですが、その迫力は唯一無二です。2020年1月7日から29日まで東京・銀座のギャラリーで開催される写真展では、彼らの神々しい姿が公開される予定となっており、今から胸が高鳴ります。
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