ゴリラに学んだ「究極の人間論」とは?京都大学総長・山極寿一氏が語るフィールドワークの極意

世界的な霊長類学者であり、京都大学の総長を務める山極寿一さんは、30年以上にわたりアフリカの地でゴリラと向き合ってきました。2019年12月15日、京都市内の自宅を訪ねると、そこには京町家の風情とコンゴ産のバナナが共存する、まさに「知のジャングル」が広がっています。

フィールドワークとは、研究対象が生活する現場へ直接赴き、観察や調査を行う手法を指します。山極さんは、この地道な活動を通じて日本の教育の未来を見据えているのです。SNSでは「総長自ら野生児だったとは意外」「ゴリラ愛が深すぎる」といった親しみを込めた声が数多く寄せられています。

スポンサーリンク

偶然と失敗が導いた「人間とは何か」という問い

少年時代の山極さんは、東京都国立市の雑木林を遊び場にする生粋の野生児でした。探検家や宇宙飛行士に憧れていた少年が霊長類学の道へ進んだ背景には、1960年代後半の激動の社会情勢があります。当時、あらゆる価値観が問い直される中で、彼は「人間とは何か」という根源的な壁にぶつかりました。

知識だけで武装する論争に疑問を抱き、逃げるように進んだ京都大学で、運命の出会いを果たします。スキー合宿で偶然目にしたサルの観察風景が、彼の人生を変えたのでしょう。本から得た他人の言葉ではなく、自身の体験から問いを立てる「現場主義」の精神が、ここで産声を上げたのです。

アフリカでの調査開始当初は、現地の責任者から拒絶されるという困難に見舞われました。しかし、山極さんは現地の案内人たちと夜な夜な酒を酌み交わし、心の距離を縮めることで調査を実現させたのです。形式的な手続きよりも、対話を通じた信頼構築を優先する姿勢に、私は深い感銘を覚えます。

ゴリラの眼差しで見つめる現代社会のあり方

野生のゴリラに接近する際、山極さんは「人づけ」という手法を用います。これは餌などの報酬を与えず、ただ側に居続けることで、対象に恐怖心を与えず存在を認めさせる高度な技術です。ルワンダの森で初めて巨大なオスと対峙した際、彼は群れのリーダーに受け入れられるという神秘的な体験をしました。

なぜ野生の王が自分を許したのか。その答えを探し続ける中で、彼は大学組織を「知のジャングル」と例えるようになります。多様な個性が共存する生態系を守る「猛獣使い」として、彼は日々奮闘しています。既存の枠組みに縛られない彼のスタイルは、まさにゴリラの社会が持つ柔軟性と強さを体現しているようです。

ガボンの人々から「全てを受け入れも拒絶もしない男」と呼ばれる山極さんは、権力に媚びることなく、対等な関係を重んじます。現代社会において、私たちはつい上下関係を意識しがちですが、ゴリラのように個を尊重しながら自己主張する生き方こそ、今求められている知恵ではないでしょうか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました