2019年12月05日、6年後に控えた2025年の大阪・関西万博に向けて、ある本質的な問いが投げかけられました。かつて1970年に開催された大阪万博では、アポロ11号が持ち帰った「月の石」が空前のブームを巻き起こしたことを覚えている方も多いでしょう。当時の人々は、地球には存在しない未知の要素を夢見て、1時間以上の大行列に並んだのです。しかし、その実態は1センチメートルほどの小さな石に過ぎず、珍しさを売りにした「見せ物」という側面が強かったのかもしれません。
SNS上では、この「月の石」の思い出に対し、「当時は魔法の石に見えた」「科学への憧れそのものだった」と懐かしむ声が上がる一方で、「今の時代に同じような衝撃を与えるのは難しい」という冷静な意見も散見されます。その後、ワシントンの博物館で「直接触れられる展示」として日常に溶け込んだ月の石を見た際、展示手法の巧みさに感銘を受けた経験は、これからの万博が目指すべき方向性を示唆しています。単に遠くから眺める技術ではなく、人々の心に触れる体験こそが求められているのです。
未来技術を超えた「歴史の重み」という価値
次なる万博の主役として、人工知能(AI)などの先端技術が期待されていますが、果たしてそれだけで現代人の心を掴めるのでしょうか。AIとは、コンピューターに人間のような知的な情報処理を行わせる技術を指しますが、もはや技術の輝きだけで人を魅了する時代は過ぎ去ったと言えます。むしろ、東京よりも長い歴史を持ち、独特の文化を育んできた奈良、京都、大阪という舞台そのものに宿る「歴史の重み」こそが、訪れる人々を惹きつける真の力になるはずです。
かつてのパリ万博で誕生したエッフェル塔は、建設当時は反対の声もありましたが、100年以上が経過した今ではパリの象徴として愛されています。これは単なる建造物ではなく、時代を超えて価値を維持し続ける「象徴」となった好例でしょう。しかし、ドローンの普及によって空からの俯瞰(ふかん)図が日常的になった現代において、もはや高さだけを競う塔に固執する必要はありません。私たちが本当に残すべきは、自然と調和した日本庭園のような、落ち着きのある美しさではないでしょうか。
2019年12月05日現在の視点で見れば、日本を訪れる外国人の数は飛躍的に増加しており、彼らが真に求めているのは表面的な技術ではなく、日本の深い文化とその背景にある社会の姿です。私は、2025年の万博が単なる一過性のイベントで終わることを危惧しています。私たちが誇るべき伝統を伝え、日本社会の精神性に触れてもらう機会にすることこそが肝要です。技術の進歩を誇示する場ではなく、文化の調和を世界に発信する場であってほしいと強く願います。
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