静岡県浜松市西区の南浜名湖に浮かぶ弁天島。この雄大な湖面に立つ赤鳥居を背に、2011年にシーカヤックでの日本一周を達成した冒険家の鈴木克章さん(40)が、新たな壮大なプロジェクトに挑みます。それは、国立科学博物館が主導する、3万年前の航海を再現するという歴史的な挑戦です。鈴木さんは「当時の人々が何を考えていたのかを知るきっかけにしたい」と語り、その意気込みは並々ならぬものがある様子です。
漁師町である舞阪で育った鈴木さんは、幼い頃から南浜名湖を遊び場としてきました。渡船場から対岸の錨瀬(いかりせ)まで泳ぎ、大人から叱られたというエピソードは、彼の根っからの冒険心と海への強い親愛を感じさせます。「自分のやりたいことを突き詰めていたら、自然と海の冒険家になっていた」と、これまでの歩みを振り返っていらっしゃいます。
鈴木さんが冒険家人生の大半を捧げてきたのは、手こぎ舟の中でも特にカヤックです。カヌーが比較的温暖な地域で使われるのに対し、カヤックはアラスカやグリーンランドといった北極圏で狩猟を目的として用いられてきた舟です。鈴木さんは、極寒の地で生まれた道具の**「美しさ」に強く魅了されています。マイナス数十度の海では、一度転覆すれば命を落とす危険があり、その道具には生への切実な願いが込められています。彼は「皮の張り方や縫い目のひとつひとつが非常に丁寧で、動物の腸まで巧みに利用する技術は、北極圏の人々の家族や仲間を大切にする意識の現れだ」と、深い敬意を示していらっしゃいます。
2011年10月から2015年8月にかけて、鈴木さんはシーカヤックでの日本列島一周を成し遂げました。毎日平均50キロメートルを漕ぎ進み、寝泊まりは全てテントの中という過酷な旅でした。食料は、上陸できる場所で自給自足し、テトラポッドに張り付いた貝などを捕って食べる日々でした。雪が降る季節には、冷え込みを防ぐために「おしっこを入れたペットボトルを抱えて寝袋を温めた」という、極限状態を生き抜くための知恵も披露されています。
この長期にわたる旅を通して、鈴木さんは二つの重要な気付きを得ました。一つは、社会と野生は地続きであるという事実です。上陸した場所には必ず人々の暮らしがあり、旅を円滑に進めるためには「自分が何者であるかを人々に明かし、こちらから声を掛けることが大切だ」と述べています。もう一つは、自然環境には人間が引いた区切りは存在しないという点です。季節の変化は明確に区切れるものではなく、終わりなく連続しています。「国境や海の名称は人間が勝手に定めたものにすぎず、地球全体の空間と時間は、本来すべてつながっているのだ」と、自然に対する壮大な視点を深めていらっしゃいます。
人類史の謎に挑む3万年前の航海プロジェクト
そしていよいよ、鈴木さんが参加する3万年前の航海を再現するプロジェクトが始動します。これは、台湾東部から与那国島まで、約200キロメートルの距離を航海するというものです。当時の人類が海を渡った方法については、未だ多くの謎が残されています。プロジェクトでは、当時の状況を忠実に再現するため、スギの木をくりぬいた丸木舟を使用します。航行中は、現代の便利な機器に頼らず、太陽や星空から方角を確認するという、極めて原始的な方法に挑みます。この航海には5人のクルーが参加し、30時間から40時間にわたって休みなく漕ぎ続けるという、まさに人類の限界に挑む過酷な試みとなります。2019年6月25日以降、天候などの条件が整い次第、旅立ちの火蓋が切られる予定です。
このプロジェクトは、これまでに2度、草束舟(くさたばぶね)と竹いかだで挑戦されましたが、いずれも島への到達は叶いませんでした。そのため、今回の挑戦には特別な想いが込められています。鈴木さんは「今度こそは成功させたい。西洋の大航海時代よりもはるか昔、人類がどのような想いで海を渡り、あるいは散っていったのかというロマンを追いかけたい」と熱く語っていらっしゃいます。これは、単なる冒険ではなく、人類史の空白を埋める壮大な実験と言えるでしょう。
この挑戦が成功すれば、「日本の歴史は縄文時代からとされているが、歴史の教科書の1ページ目を変えることになる」と、鈴木さんは力強い言葉を残しています。このプロジェクトのニュースはSNSでも大きな話題となっており、「丸木舟で200kmは想像を絶する」「ロマンがある。頑張ってほしい」といった応援の声や、「3万年前の人類の知恵に驚かされる」といった、古代への畏敬の念を示す反響が多く寄せられています。鈴木さんの挑む航海は、私たち現代人が忘れかけていた人類の根源的な移動の歴史**と、未来への希望を乗せて、今、始まろうとしているのです。
コメント