大沢在昌が語るサイン会の光裏と「作家の成長」――読者と書店を繋ぐ情熱の物語

かつては本を愛する人々にとって、憧れの作家と対面できる「サイン会」は日常的な光景でした。特に神田神保町のような本の聖地では、毎週末のように華やかなイベントが開催されていたものです。しかし、現代では書籍、特に単行本(ハードカバー)の販売状況が厳しさを増しており、こうした交流の場も次第に貴重な存在となりつつあります。

書店側にとっても、サイン会の運営は決して容易なことではありません。設営には多大な労力が必要な一方で、本にサインを書き入れても定価販売に変わりはなく、利益が増えるわけではないのです。さらに「返品不可」という在庫リスクも伴います。これは、書店が一度仕入れた本を出版社に返せない仕組みを指しており、サイン本は言わば「特別な一点物」として買い取る覚悟が必要なのです。

作家自身にとっても、サイン会はまさに真剣勝負の場と言えるでしょう。拘束時間に対するギャランティは発生せず、あくまで印税の範囲内での活動となります。SNS上でも「憧れの先生に会えるのは嬉しいけれど、集客が少ないと自分のことのように胸が痛む」といった、ファンの切実な声が散見されます。それほどまでに、著者と読者の距離は精神的にも近いものなのです。

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苦い記憶が宝物に変わる時

人気作家の大沢在昌氏にも、今だからこそ笑って話せる試練の時代がありました。1980年代後半のこと、仙台の書店にて北方謙三氏や内藤陳氏らと共に合同サイン会を開催した際のエピソードです。当時はまだ世に名が浸透しておらず、開始早々に客足が途絶えてしまいました。店員さんが私服に着替えて並んでくれるという、涙ぐましい気遣いさえあったそうです。

静まり返った会場で、ようやく歩み寄ってきた女性に胸を躍らせた大沢氏でしたが、掛けられた言葉は「道案内」の依頼でした。このあまりに切ない経験は、作家としての反骨心と成長の糧となったに違いありません。ネット上では「あの大御所にもそんな時代があったのか」と、氏の苦労人としての一面に親近感を抱くコメントが多く寄せられています。

時は流れ、2011年には東日本大震災の被災地支援として、自ら東北の書店を巡りサイン本を制作されました。かつて苦い思いをした仙台の書店を再訪した際、当時の様子を知るベテラン店員さんと再会し、昔話を笑い合えたといいます。失敗を成功へ、そして支援へと繋げる氏の姿勢は、まさに一流の表現者が持つべき誠実さの表れではないでしょうか。

2019年12月現在、大沢氏は名古屋と東京でサイン会を挙行されました。会場には100名を超える熱心なファンが詰めかけ、その盛況ぶりはかつての静寂を打ち消すほどです。残念ながら整理券を手にできなかった方への配慮を欠かさない謙虚な姿勢こそが、長きにわたって読者を魅了し続ける最大の理由なのかもしれません。

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