日本を代表するハードボイルド作家、大沢在昌氏の代名詞ともいえる伝説的シリーズがいよいよ動き出します。2019年11月18日、大沢氏は自身の連載エッセイにて、前作から8年ぶりとなる「新宿鮫」シリーズ第11作目が、数日後には全国の書店へ並ぶことを報告されました。
今や誰もが知る人気シリーズですが、その誕生背景には劇的なドラマが隠されています。デビューから11年間で28冊もの本を出版しながら、当時は「永久初版作家」という不名誉な二つ名で呼ばれるほど、著書が全く売れない苦節の時代を過ごしていたそうです。
同世代のライバルたちが華々しく文学賞を受賞し、ベストセラーを飛ばす中で、大沢氏だけが「鳴かず飛ばず」の状態でした。一念発起して1年半の歳月を注ぎ込んだ勝負作ですら世間に無視されるという、作家としてこれ以上ないほど過酷な状況に置かれていたのです。
結婚したばかりで生活費を稼ぐ必要に迫られた大沢氏は、一度「傑作を書こう」という気負いを捨て去りました。難しい理屈を抜きにして、がむしゃらに書き上げた作品こそが、後に運命を激変させることとなる不朽の名作『新宿鮫』だったのです。
口コミが巻き起こした「一夜にして変わる世界」の真実
当時の編集者が思わず絶句したという風変わりなタイトル『新宿鮫』には、どうせ売れないのなら好きにさせてくれという、大沢氏の悲壮なまでの「開き直り」が込められていました。しかし、この作品が発売からわずか1ヶ月でベストセラーへと駆け上がります。
インターネットが普及していなかった1990年当時、ブームの火付け役となったのは純粋な「読者の口コミ」でした。本を手に取った人々が面白いと語り継いだ熱量は、文学賞の受賞や書評の掲載という権威を追い越して、瞬く間に日本中へと広がったのです。
急激な環境の変化に、大沢氏は「これは邯鄲(かんたん)の夢ではないか」と、自らの幸運を疑う日々を送ったといいます。ちなみに「邯鄲の夢」とは、人の世の栄華は夢のように儚いことを例えた中国の故事で、それほどまでに当時の成功は衝撃的だったのでしょう。
編集者としての視点から言えば、このエピソードは創作の核心を突いています。計算ずくのヒットではなく、作家の剥き出しの覚悟が読者の魂を揺さぶった結果と言えるでしょう。SNSでも「待ってました!」「鮫を読まずして冬は越せない」と新作への歓喜の声が溢れています。
作家にとって、自身の代名詞となるシリーズを持つことは、誇りであると同時に大きなプレッシャーを伴う孤独な戦いです。2019年11月、再び眠りから覚める「鮫」の新作。私たちはその厳しい審判の一人として、新しい伝説の目撃者になれる幸せを噛みしめるべきです。
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