有栖川有栖氏が描く「大阪」の深淵!地元愛が結実した傑作『幻坂』と本屋大賞受賞の軌跡

大阪という街に根を張り、関西で暮らす日常に無上の喜びを見出しているミステリー作家、有栖川有栖氏。かつて専業作家への道を歩み始めた際、東京へ進出するのではなく地元に留まることを選んだのは、単なる方便ではなく、彼の心に深く刻まれた郷土への強い愛着ゆえのことでした。当然のように、物語の舞台も大阪を中心とした関西圏が選ばれることになります。

執筆にあたって彼が常に意識してきたのは、大阪を過剰に誇張せず、あくまで自然体で描写することです。アメリカ西海岸の作家がロサンゼルスを舞台にするように、等身大の風景として描くことを信条としてきました。ステレオタイプな「土俗性」を無理に捻り出すのではなく、都会としての共通項も抱えつつ、地続きの日常としてこの街を捉えているのです。

しかし、有栖川氏の中には「いつか真の意味で大阪を克明に描き出したい」という、長年の宿題のような熱い想いが燻り続けていました。その願いが形となったのが、怪談専門誌での連載です。有名な怪談が少ないのであれば、自らの手で新たな伝説を創り上げようという大胆な試みが、名作誕生のきっかけとなりました。

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天王寺七坂に宿る霊性と「大阪ほんま本大賞」の栄冠

彼が目をつけたのは、地元の人ですら見過ごしがちな「天王寺七坂(てんのうじななさか)」というエリアです。大阪の歴史と情緒が濃縮されたこの坂道を舞台に、九つの物語を紡いだ短編集『幻坂』は、2013年の刊行以来、多くの読者を魅了しました。この作品は、ついに2017年、地元の取次や書店員が選出する「第5回大阪ほんま本大賞」を受賞するに至ります。

ここで言う「取次(とりつぎ)」とは、出版社と書店の間を繋ぐ物流・卸売を担う、出版界の要となる組織のことです。この賞は単なる評価に留まらず、半年間にわたる強力な店頭プロモーションが行われ、売上の一部が児童福祉施設への本寄贈に充てられるという、地域社会に根ざした温かい循環を生み出しています。

「ついに大阪を書き切った」という確かな手応えを感じていた有栖川氏にとって、地元の書店員たちに背中を押されたことは、何物にも代えがたい喜びでした。SNS上でも「馴染みのある場所が幻想的に描かれていて感動した」「大阪愛が伝わってくる」と大きな反響を呼び、作品と読者の絆はさらに深まっています。

受賞を機に2017年から2018年にかけて開催された講演会やサイン会は、彼にとって至福の時間となりました。十代の頃に通った書店の店主と再会を果たすなど、本が繋ぐ縁の尊さを再確認したといいます。西日本書店をはじめとする各地の書店が、趣向を凝らした素晴らしいディスプレイで作品を盛り立てた光景は、作家人生における輝かしい一頁となりました。

作家自らが「やっと書けた」と語る場所こそが、読者にとっても最も心に響く風景になるのでしょう。地域に愛される作家と、その活動を支える書店、そして物語を支えとする読者たち。2019年12月27日の執筆時点において、有栖川氏が築き上げたこの幸福な関係性は、出版文化が持つ本来の豊かさを私たちに教えてくれているように感じます。

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