【河西工業・渡辺邦幸氏】大事故からの奇跡的生還!名大時代の型破りなラリー体験とリーダーシップの原点

2020年1月3日、多くの読者の関心を集めている河西工業社長の渡辺邦幸氏のコラムをお届けします。今回は、名古屋大学工学部時代のエピソードです。学業そっちのけで自動車の「ラリー」という、未舗装の過酷な道を走り抜ける競技に没頭していたそうです。若き日のあふれんばかりの情熱がひしひしと伝わってきますね。

とはいえ、学生の身分では高価な競技車両を買う資金などありません。そこで渡辺氏は、実家が織物工場を営む高校時代の友人を巻き込み、彼の車で大学ラリーに出場したのです。さらに、親の目を盗んでトヨタの小型大衆車である「パブリカ」を勝手に改造してしまうなど、その類まれな行動力には驚かされるばかりでしょう。

しかし、大学3年の春に大きな試練が訪れます。テスト勉強明けの早朝、飛び出してきた自転車を避けたことで車がスピンし、電柱に正面衝突してしまったのです。車は廃車になるほどの大事故でしたが、幸いにもかすり傷程度で済みました。SNS上でも「強運すぎる」「ご先祖様に守られているのでは」と驚きの声が多数上がっています。

スポンサーリンク

日産村山工場での実習と予想外の病魔

その年の夏、必修科目の職場実習先として、日産自動車の村山工場を希望しました。家族が東京へ引っ越していたことに加え、ある特別な思いがあったようです。それは、1966年に高い技術力を誇るプリンス自動車工業と合併し、同工場に本格的なテストコースが設けられていたからでした。

当時大人気だった名車「スカイライン」や、純国産レーシングカー「R380」が走る聖地への強い憧れがあったのでしょう。実習の内容は、トラック組み立てラインにおける「カイゼン」の提案です。これは、現場の作業効率や安全性を高めるための継続的な業務見直し活動を指します。

ところが、工場見学中に腰へ激痛が走り、「椎間板ヘルニア」と診断されてしまいます。背骨の間にある軟骨が飛び出し、神経を圧迫して強い痛みを伴う厄介な病気です。1年間ほどの通院生活を経て、ついに大学4年の夏に手術を受け、2カ月間の過酷な入院生活を余儀なくされました。

生死を分けた大ダイブと経営の本質

驚くべきことに、秋に退院した直後には、走行距離が500キロメートルにも及ぶ「中部ラリー」へと無謀にも挑戦しています。高校や大学の友人らと岐阜県の険しい山道へ挑みましたが、中盤のカーブでアクシデントが発生しました。助手席で道案内をするナビゲーション役の指示と、ドライバーの操作が噛み合わなかったのです。

曲がりきれなかった車は宙を舞い、高さ10メートルの崖から落下してしまいます。ご本人も「これで死ぬんだな」と覚悟を決めたそうです。しかし、落下中に杉の大木に引っかかり、頑丈な安全装備のおかげで目の下の切り傷だけで奇跡的な生還を果たしました。本当に信じられないような強運の持ち主ですね。

私見ですが、こうした無謀とも思える限界への挑戦が、のちに大企業を率いるための強靭な精神力と胆力を養ったのだと確信しています。生命の危機に瀕しても決して車への情熱を失わず、失敗を恐れずに突き進むエネルギーは、現代を生きる我々も大いに見習うべきポイントではないでしょうか。

何度も命拾いをした学生生活ですが、そこで得たものは決して小さくありません。ラリーは決して一人では成り立たず、的確な指示を出す人間や整備士との信頼関係が不可欠です。周囲を巻き込み、一つの目標に向かってチームで仕事をするという経営の本質を、この過酷な実体験から深く学ばれたのでしょう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました