【中東緊迫】米イラン対立の歴史と今後の行方は?混迷を極める中東情勢と日本への影響を徹底解説!

アメリカとイランの間で緊張がかつてないほどに高まっています。アメリカがイラン革命防衛隊の精鋭である「コッズ部隊」のソレイマニ司令官を殺害したことをきっかけに、イランがイラクの米軍基地へ弾道ミサイルを発射する事態へと発展しました。SNS上でも「ついに第三次世界大戦か」「原油価格はどうなるのか」といった不安の声が爆発的に広がっています。この憎しみと暴力の連鎖は一体どこから生まれてきたのでしょうか。

歴史を遡ると、かつて両国の関係は親密でした。しかし、第二次世界大戦前から戦後にかけて英米資本がイランに進出し、アメリカが石油資源を確保するために皇帝による傀儡政権、つまり実質的な支配下に置く支配体制を築いたことで状況は一変します。その後、1963年に皇帝が主導した近代化政策である「白色革命」は女性の社会進出などを認めましたが、これがイスラムの伝統を重んじる保守勢力の激しい反発を招くことになりました。

皇帝はアメリカ中央情報局の支援を受けた秘密警察を使い、これに反対する人々を過酷に弾圧しました。その中には、汚職や貧富の差を批判していたイスラム法学者のホメイニ師も含まれていたのです。民衆の怒りは収まらず、1978年1月には聖地ゴムでの暴動を皮切りに反政府デモが全土へ拡大しました。そして1979年1月、皇帝はついに亡命を余儀なくされ、帰国したホメイニ師によって最高指導者が国を統治するイスラム国家が誕生しました。

ここから両国の関係は決定的な破滅へと向かいます。同年3月にアメリカの仲介でエジプトとイスラエルの和平条約が結ばれると、パレスチナ問題を置き去りにされた中東全域にアメリカへの憤怒が広がりました。同年11月にはテロへの警戒から米大使館人質事件が発生し、これを受けて両国は国交を断絶します。互いを悪魔と罵り合う暗黒の時代が幕を開けた瞬間であり、現在に至るまでの長い対立の根源がここにあります。

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介入が生んだ泥沼の無秩序地帯

イランを抑え込もうとしたアメリカの戦略は、結果として自らを泥沼へと引きずり込むことになりました。1980年から始まったイラン・イラク戦争でアメリカはイラクを軍事支援しましたが、強大化したイラクは後にクウェートへ侵攻し、湾岸戦争を引き起こします。さらに2001年9月11日の米同時多発テロ事件を経て、アメリカはアフガニスタンやイラクに侵攻して政治介入を繰り返しましたが、その代償はあまりにも大きすぎました。

多大な犠牲を払ったものの、かつての威光は失われ、シリアやリビア、イエメンなどは無秩序な状態に陥っています。イラクでも2018年5月の総選挙以降、政治的な空転が続いており、今回のソレイマニ司令官の殺害も、2019年12月末にシーア派系武装組織が米軍基地を攻撃したことへの報復でした。2020年1月3日、バグダッドの空港でその武装組織の副司令官とソレイマニ司令官が合流した瞬間をアメリカ軍が狙い撃ちにしたのです。

今後の展開として、全面的な米イラン戦争に発展する可能性は低いと見ています。イランの空軍力やミサイルの射程ではアメリカ本土を攻撃することは難しく、主な標的は中東の駐留米軍基地や大使館になるでしょう。アメリカの反撃も軍事施設に限定される見込みです。また、日本への経済的影響についても、ペルシャ湾が完全に封鎖されない限りはシェールオイルなどの代替エネルギーが存在するため、過度な恐れは不要であると考えられます。

しかし、決して楽観視はできません。本当に憂慮すべきなのは、イスラエルが自衛のためにイランの核施設などを先制攻撃した場合であり、その時は一気に戦線が拡大する恐れがあります。さらに、シーア派の指導者が失われたことで、かつての過激派組織である「イスラム国」のようなスンニ派過激派が息を吹き返す危険性も孕んでいます。アメリカは今後、複雑な宗派対立の両睨みを強いられ、さらに苦境に立たされるはずです。

このように絡み合った糸を解きほぐすのは容易ではありません。私は、現在の力対力の構図が続く限り、一般市民や子供たちが犠牲になる不条理は終わらないと確信しています。唯一の希望の光は、指導者の交代にあります。イランの最高指導者ハメネイ師の世代交代や、アメリカで再び対話を重視する政権が誕生した時にこそ、初めて真の和平への道が開かれるでしょう。それまでは、国際社会が冷静にこの行く末を見守る必要があります。

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