日本のビジネス界を揺るがした、武田薬品工業によるアイルランドの製薬大手シャイアーの巨額買収劇から、2020年01月08日でちょうど1年が経過しました。総額6兆円を超えるという、日本企業として過去最大の合併・買収(M&A)を敢行し、同社は世界の製薬トップ企業の仲間入りを果たしています。しかし、その華やかな姿の裏側では、世界をリードするメガファーマとの圧倒的な規模や資金力の格差という厳しい現実が待ち受けているのです。
SNS上でもこの件に関する関心は非常に高く、「巨額の借金を抱えて本当に大丈夫なのか」「日本の製薬の未来を背負って頑張ってほしい」といった、期待と不安が入り混じった声が多数寄せられています。実際に株式市場での評価は厳しく、現在の株価は買収の噂が出る前の3分の2程度という低い水準から抜け出せていません。グローバル市場で勝ち残る真の「タケダ」へと生まれ変わるための道のりは、まだ始まったばかりと言えるでしょう。
こうした状況の中でも、クリストフ・ウェバー社長は2019年11月下旬に開催された研究開発説明会において、今後の新薬候補のラインナップに強い自信をのぞかせました。これからは自社での開発を軸にした、付加価値の高い「創薬型企業」への転換を急いでいます。これまで収益を支えてきたのは、過去の買収によって獲得した医薬品でした。これからは年間約4900億円という巨額の研究費を投じ、自らの手で未来のヒット作を生み出す体制を整えています。
武田薬品がこれほど強気な姿勢を取れる背景には、買収によって手に入れた「血液製剤」という強力な武器の存在があります。この血液製剤とは、人間の血液から作られる大変貴重な医薬品のことで、製造の難しさから後発医薬品(ジェネリック)が作られにくいという大きな特徴を持っています。世界でも限られた3社ほどしか提供できない独占的な市場であり、医療現場での必要性も高いため、極めて安定した高い利益を同社にもたらしているのです。
しかし、世界首位のスイス・ロシュ社といった超巨大企業は、年間で1兆円以上もの研究開発費を投じており、その規模の差は歴然としています。そこで武田薬品が選んだのが、特定の領域に経営資源を集中させる戦略です。同社は自社の強みである消化器や神経の病気に加え、がん、そして患者数が極めて少ない「希少疾患」の4分野に的を絞りました。広く浅く開発するのではなく、特効薬を待ち望む難病の患者さんに寄り添う道を選んだのです。
この戦略を成功させるため、同社はiPS細胞や最先端の遺伝子治療といった革新的な技術の導入を進めています。自社にない最先端の知見は、世界中の大学やベンチャー企業と積極的に手を組むことで補う方針です。ウェバー社長が語るように、これからの成長の鍵は巨大な買収ではなく、外部との知恵の融合にあると考えられます。これこそが、限られた資源の中で巨大なライバルに立ち向かうための、極めて賢明で持続可能な選択ではないでしょうか。
一方で、財務面に目を向けると、依然として巨大なリスクという重荷を背負っていることも事実です。買収の対価として発生した「のれん」と呼ばれる、企業のブランド価値や将来の収益力を示した会計上の資産が、なんと4兆円も貸借対照表に計上されています。もしも開発中の新薬が失敗したり、予期せぬトラブルが発生したりすれば、この「のれん」の価値を一気に引き下げる減損処理を行わなければならず、経営に大打撃を与える危険性をはらんでいます。
企業が真のイノベーションを起こすためには、目先の株価や財務の数字に一喜一憂するのではなく、長期的な視点での挑戦が不可欠です。武田薬品が抱える負債の削減や資産の売却は着実に進んでおり、現金を生み出す力も向上しています。日本の製薬産業の誇りを懸けたこの挑戦が、世界中の病気に苦しむ人々へ一筋の光を届けるイノベーションへと繋がることを、私たちは一人の生活者として、そして応援者として静かに見守り、期待したいと思います。
コメント