アメリカの経済を占う上で最も注目される指標の一つが発表されました。アメリカ労働省が2020年1月10日に公開した2019年12月の雇用統計速報値によると、景気の動きを敏感に反映する非農業部門の就業者数は、前の月と比べて14万5000人増加しています。この数字は市場の事前予測であった約18万人増には届きませんでしたが、雇用情勢そのものは非常に堅調さを維持していると言えるでしょう。
ここで注目すべきは、失業率が前月と同じ3.5%という極めて低い水準を保っている点です。これは実に半世紀ぶりの歴史的な低水準となります。さらに、直近3カ月の就業者数の伸びは月平均で18万4000人に達しました。アメリカの物価安定と雇用最大化を担う中央銀行にあたるFRB(連邦準備理事会)が、経済の適切な成長ペースとみなす「月10万人増」を大きく上回るペースが続いています。
SNS上では「雇用数が予想を下回ったのは気になるけれど、失業率の低さは驚異的だ」「アメリカ経済はまだ底堅い」といった安堵の声が多く見られます。雇用の急激な悪化に対する懸念が和らいだことを受け、FRBは当面の間、政策金利を引き下げる「利下げ」を見送る方針を明らかにしました。この安定した雇用環境は、再選を目指すトランプ大統領にとって、強力な追い風になることは間違いありません。
成長を牽引するサービス業と苦戦する製造業の格差
しかし、この華々しい数字の裏には、業種による明らかなばらつきという課題が隠されています。直近の1年間でアメリカの就業者数は211万人も増えましたが、その大半を占める177万人を叩き出したのはサービス業でした。特に、旅行や飲食などのレジャー・接客業が39万人増、医療や介護を支えるヘルスケア産業が40万人増と、アメリカ国内の需要に支えられた分野が成長を大きく牽引しています。
その一方で、トランプ政権の保護主義的な貿易政策を熱烈に支持してきた製造業の伸びは、1年間でわずか4万6000人にとどまりました。また、国の国際競争力の源泉である情報産業は1万2000人増、株価上昇の恩恵を受ける金融業も12万2000人増と、専門性の高い分野の雇用はそれほど伸びていません。このように、雇用の拡大が特定の産業に偏っているのが現状です。
筆者の視点として、この偏りこそが現代アメリカの歪みを象徴していると感じます。汗を流して働く製造業の現場に富が回らず、内需頼みのサービス業ばかりが膨らむ構造は、中長期的な国力低下を招きかねません。数字の見た目ほど、国民が豊かさを実感できていない原因がここにあります。SNSでも「これでは労働者の質的な改善には繋がらないのではないか」という冷静な指摘が上がっています。
完全雇用でも上がらない賃金と大統領選の行方
さらに深刻なのは、働きたい人がほぼ全員職を得られている「完全雇用」に近い状態であるにもかかわらず、給与が上がりにくいという点です。2019年12月の平均時給は28.32ドルで、前年の同じ月と比べた伸び率は2.9%にとどまり、再び大台の3%を割り込みました。これは、雇用の受け皿となっているサービス産業の賃金水準が総じて低く、全体の給与を引き下げているためです。
前回の2016年大統領選では、職を失う恐怖に怯えていた中西部の製造業の労働者たちが、トランプ氏を熱狂的に支持しました。しかし現在、彼らの手元には満足な給与が届いておらず、経済的な格差に対する不満が再びマグマのように溜まっています。格差社会の是正を訴える民主党の左派陣営は、国民皆保険の導入や富裕層への大増税を掲げて、トランプ政権への対抗姿勢を強めています。
単に失業率が低いという表面的な実績だけで、トランプ大統領が逃げ切れるほど甘くはないでしょう。2020年11月に控える大統領選挙に向けて、この「持たざる者」の怒りをどちらの陣営がすくい取れるかが、最大の勝敗の分かれ目になりそうです。一見すると絶好調に見えるアメリカ経済ですが、その内側に潜む格差という病巣は、想像以上に深いと言わざるを得ません。
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