2020年01月19日、ついにNHK大河ドラマ『麒麟がくる』の幕が上がりました。長谷川博己さん演じる明智光秀の生涯を描くこの作品に、多くの歴史ファンが胸を躍らせています。全国各地のゆかりの地が注目を集める中、今まさに熱い視線が注がれているのが福井県です。実は福井は、光秀が青年期という人生の重要な一時期を過ごした隠れた聖地なのです。
インターネット上やSNSでも、初回放映直後から「光秀と福井のつながりを初めて知った」「ドラマに福井の景色が登場するのが楽しみ」といった声が続々と上がっています。歴史の表舞台に立つ前の光秀が、この雪深い越前の地でどのような思いを抱いて過ごしていたのか、旅情をそそられる人が急増しているのでしょう。
参拝者が倍増!妻・熙子の美談が残る称念寺の今
福井県坂井市にある称念寺は、1556年に斎藤義龍との戦いに敗れた光秀が落ち延びて身を寄せた場所と伝えられています。ここでは、妻の熙子が自らの黒髪を売って生活費を工面したという、内助の功を象徴する切ない物語が残されているのです。もともとは南北朝時代の武将である新田義貞の墓所として知られ、年間で約7000人から8000人が訪れる静かなお寺でした。
しかし大河ドラマの制作が決定して以来、その光景は一変します。高尾察誠住職によると、訪れる人の数は以前の2倍以上に膨れ上がっているそうです。お寺では光秀と熙子をデザインした特製の御朱印(参拝の証として授与される印章)の授与を開始し、これが歴史ファンの間で大変な評判を呼んでいます。
さらに市や観光連盟が一体となり「おもてなし実行委員会」を結成しました。2020年01月19日の放映初日にも、カメラを手にした家族連れなどが大勢詰めかけ、ボランティアガイドの解説に熱心に耳を傾けています。今後は光秀の等身大パネルも設置される予定で、さらなる盛り上がりが期待できるでしょう。
謎に包まれた前半生をたどる!明智神社と11のキーワード
福井における光秀の足跡は、称念寺に滞在した雌伏(将来のために実力を蓄えつつ従うこと)の時期と、後に織田信長に仕えて越前へ攻め入った飛躍の時期の2回あると考えられています。福井市東大味地区にある「明智神社」は、光秀が戦火からこの地域を救った恩人として、地元住民に今も深く愛されている場所です。
歴史的には主君を討った逆臣(反逆した家臣)とみなされがちな光秀ですが、ここでは親しみを込めて「あけっつぁま」と呼ばれ、小さなほこらが大切に守られてきました。光秀の命日である2019年06月の法要には、前年の2018年と比較して2倍となる約100人が参列しています。また、2019年12月25日から2020年01月05日までのわずかな期間に、約1000人もの人々がこの地を訪れました。
これを受けて福井市では、2020年03月までに駐車場やトイレの整備を終えるべく、急ピッチで工事を進めています。県全体でも一乗谷朝倉氏遺跡や金ケ崎城跡など、県内11カ所のゆかりの地に解説パネルやのぼり旗を設置しました。配布している1万4000部の観光パンフレットは予想を上回る人気で、増刷の対応に追われています。
一過性のブームを超えて!福井観光が目指すべき未来への視点
大きな盛り上がりを見せる一方で、全国的な知名度の不足という厳しい現実にも直面しています。大手旅行会社によると、岐阜や京都を巡る光秀ツアーはあるものの、福井を目的地とした商品は現時点でほぼ皆無だといいます。福井県文化課の福山貴久主任は、まずは福井にこれほど多くの史跡があることを知ってもらい、謎に満ちた光秀の前半生を追体験してほしいと熱く語っています。
ここで編集部として提言したいのは、大河ドラマによる経済効果を一過性のバブルで終わらせてはならないということです。過去のデータを見ると、2018年の『西郷どん』による鹿児島県への経済効果は258億円に達したものの、翌年には反動減が見られました。また、2019年の『いだてん』に関連して熊本県に開設されたドラマ館の入館者数は、目標の3割強に留まっています。
ドラマの放映中だけ観光客が押し寄せ、その後は閑古鳥が鳴くという状況は避けるべきでしょう。称念寺の高尾住職が語る「ブームが去るまでに歴史的な場所として認知されればいい」という言葉には、深い本質があります。大切なのは、派手な演出で一時的に人を集めることではなく、光秀の人間味や歴史のロマンといった福井ならではの固有の価値を、人々の記憶に定着させることではないでしょうか。
第1回の放映では、光秀はまだ京や堺の街を奔走している段階です。今後、物語の舞台がいつ福井へと移るのか、私たちは期待と興奮を胸に、テレビの画面をじっと見つめていくことになるでしょう。
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