2020年01月11日に投開票が行われた台湾総統選挙は、大方の予想を覆す劇的な結末を迎えました。「一つの中国」という原則を断固として受け入れない姿勢を貫く民進党の現職、蔡英文(ツァイ・インウェン)氏が歴史的な大勝利を収めたのです。この結果は、民意を強硬な権力によってコントロールできると信じて疑わなかった中国の習近平指導部にとって、計り知れないほど大打撃となる敗北を意味しています。選挙戦の決定打となったのは、まさに中国との適切な距離感をどのように保つかという点でした。
投票日前夜の2020年01月10日、台北市の中心部にある総統府前は熱気に包まれていました。蔡氏が最後の街頭演説で「台湾の未来を守るために、一国二制度は絶対に拒否します」と力強く宣言すると、集まった約10万人もの支持者から地響きのような大歓声が巻き起こったのです。会場には、台湾の行く末を見届けようと香港からわざわざ駆けつけた若者たちの姿も多く見られました。SNS上でも「台湾の民主主義が守られた」「香港の二の舞にはならない」といった感動と支持の声が爆発的に拡散しています。
ここで、香港をめぐる統治形態として耳にする「一国二制度」という専門用語について簡単に解説しておきましょう。これは、一つの国家の中に「社会主義」と「資本主義(民主主義)」という全く異なる二つの政治や経済の仕組みを共存させるという、極めて変則的な統治システムを指します。もともとは中国を経済開放へ導いた鄧小平氏が、将来的な台湾統一を念頭に置いて考案したものでした。1997年の香港返還の際に「50年間は高度な自治を認める」という約束のもとで導入された、いわば実験的な制度なのです。
2018年11月の統一地方選挙では、中国との融和路線を掲げる国民党が大勝を収めており、本来であれば今回の総統選も国民党が有利とされていました。それにもかかわらず、なぜこれほど形勢が逆転したのでしょうか。皮肉なことに、その原因を作ったのは国民党の勝利を心から望んでいた中国自身だったと言えます。習近平国家主席は2019年01月の演説において、この一国二制度による統一を台湾側に強く迫りました。さらに武力行使の可能性まで匂わせ、一気に統一への道筋をつけようと試みたのです。
しかし、この高圧的なアプローチは完全に裏目に出る結果となりました。蔡英文氏は「いかなる圧力や威嚇によっても、我が国の進路をねじ曲げることはさせない」と中国側を猛烈に批判し、現状維持や自由を望む多くの台湾住民の心を一気に掴んだのです。地方選の敗北によって、一時は政治的な求心力を失う「レームダック(死に体)」状態になると囁かれていた蔡氏の劇的な復活劇は、中国当局にとって全くの想定外だったに違いありません。
さらに、2019年00月(※注:原文に基づき2019年夏)から激化した香港の大規模な反政府デモが、蔡氏への支持を決定決定的なものへと押し上げました。香港の若者たちが激しい抗議活動に立ち上がった根底には、約束を破って力による統治を強める習指導部への激しい不信感があります。台湾の人々は、香港の現状を「明日の我が身」として捉えたのでしょう。自由を守るために連帯する動きが台湾全土に広がり、蔡氏の優位性は不動のバリアとなりました。
私は今回の選挙結果を見て、民主主義という価値観が持つ底力を改めて実感させられました。一党支配による強権的な統治が必ずしも万能ではないという冷徹な現実を、台湾の有権者は見事に証明したと言えます。アメリカと中国による覇権争いが、単なる貿易の摩擦を超えて「政治体制の正当性」を競うイデオロギーの攻防へと発展しつつある今、習指導部は自らの強硬策によって、皮肉にも自領のすぐ目の前に強力な反発勢力を育て上げてしまったのではないでしょうか。
コメント