歴史の教科書で一度は見かけたことがある、強烈な個性を放つ「後醍醐天皇像」をご存知でしょうか。鎌倉幕府を打倒して天皇親政を目指したものの、足利尊氏との戦いに敗れて吉野へ逃れ、南北朝時代を切り開いた波乱万丈の天皇です。私生活でも風変わりな逸話が多い彼ですが、その強烈なキャラクターを象徴しているのがこの肖像画だと言えます。
SNS上でもこのお姿は定期的に話題となり、「歴代天皇の中でも圧倒的なラスボス感が漂っている」「宗教的な怪しさとカリスマ性が同居していて格好いい」といった驚きの声が寄せられています。人々の心を掴んで離さないこの奇妙な出で立ちには、中世日本の奥深い精神世界が隠されているのです。
画面に描かれた後醍醐天皇は、天皇のみが着用を許される最高位の衣装「黄櫨染(こうろぜん)」を思わせる色合いの法衣を身にまとっています。黄櫨染とは、太陽の輝きを象徴する格調高い赤茶色の染め色のことです。さらに僧侶の衣装である袈裟をかけ、手には密教の法具を握りしめ、冠には太陽をかたどった前代未聞の装飾を載せています。まさに世俗の王と仏教界の支配者という、二つの顔を同時に表現したかのような怪しげな姿でしょう。
この異様な格好が何を意味しているのか、明確な歴史的記録は残されていません。しかし、有力な説として浮上しているのが「即位灌頂(そくいかんじょう)」と呼ばれる神秘的な儀式の最中の姿です。これは、1246年の後深草天皇から1847年の孝明天皇に至るまで、約600年もの間、代々の天皇に受け継がれてきた格式高い即位儀礼の一つでした。
即位灌頂とは、天皇が即位する前に、摂政や関白を出す最高位の貴族である摂家(主に二條家)の人物から、密教の教えを伝授される儀式です。具体的には、指で特定の形を作る「印相(いんそう)」や、秘密の呪文である「真言(しんごん)」を教わります。そして天皇自らがその指の形を結び、呪文を唱えることで、宇宙の根本仏である大日如来と一体化し、仏教界の頂点にも君臨することを意味していました。
この肖像画を見つめていると、まさに太陽の仏である「大日」そのものを体現しようとした意図が痛烈に伝わってきます。日本の神々と仏教の仏が融合した、神仏習合の時代だからこそ生まれた独自の美意識と装束だと言えるでしょう。ちなみに、後醍醐天皇にこの教えを授けたのは、当時の関白であった二條道平という人物です。
私たちがこの肖像画に強烈に惹きつけられるのは、後醍醐天皇という人物が持っていた、既存の枠組みを破壊してでも新しい世界を創り出そうとした執念が、衣服や持ち物を通して現代にまで生々しく伝わってくるからではないでしょうか。単なる政治的な権力者にとどまらず、宗教的な絶対者としてのパワーまでその身に宿そうとした彼の野心が、この異形とも言える美しい装いに結実していると感じます。
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