日本の航空機産業を牽引する国家プロジェクトとして、大きな期待を集めてきた三菱重工業の「スペースジェット」ですが、現在その開発は大きな岐路に立たされています。2020年1月19日には赤羽一嘉国土交通相が愛知県豊山町の工場を視察し、官民一体となった離陸への決意を語りました。しかし、相次ぐ納入延期により「日の丸ジェット」としてのブランド力には陰りが見え始めており、SNS上でも今後の動向を不安視する声が目立っています。
開発の長期化は、これまで足並みを揃えてきた国内の素材・部品メーカーとの関係にも暗い影を落としているのが現状です。例えば、炭素繊維(軽くて強い最先端の複合材料)の供給を予定していた東レとは、価格面での折り合いがつかず段階的に全供給を取りやめる事態に発展しました。また、専用設備を導入したものの生産停止に追い込まれた地元の航空部品会社からは、他社の案件がなければ倒産していたという切実な声も聞かれます。
さらに、最初の顧客(ローンチカスタマー)となるはずの全日本空輸もパイロットの育成を中断せざるを得ない状況に陥っています。こうした国内での停滞を打破するため、三菱航空機は今後、より海外市場へ傾斜していく方針を固めました。航空会社の間で「見せ球」とも囁かれる現在の90席クラスの機体は、商用運航に不可欠な国家の安全認証である「型式証明(安全性を担保する証明書)」を取得するためだけのものになる可能性すら浮上しています。
実質的な本命とされているのは、2019年6月に計画が発表された70席クラスの新機種でしょう。世界最大の北米市場では、地域航空会社の座席数を厳しく制限する規制が存在するため、これまでの90席クラスでは市場に適合できませんでした。そのため、今後はこの小型な70席クラスの事業化へ注力していくとみられます。しかし、米国産の部品採用が増えることで、現在約3割である国産部品比率はさらに低下することが確実視されています。
水谷久和社長は将来的な選択肢として北米での機体生産の可能性も示唆しており、もはや「純国産」のこだわりを捨てた冷徹なビジネス判断が下されつつあると言えます。もちろん、この戦略には十分な勝算も隠されているはずです。格安航空会社(LCC)の台頭により、100席未満の小型機市場は今後20年間で約5100機もの巨大な需要が見込まれているからです。ライバルたちの脱落も、三菱にとっては追い風となるに違いありません。
カナダのボンバルディアが小型機事業を三菱重工に売却したことで、市場における明確な競合はブラジルのエンブラエルのみとなりました。70席クラスの事業化が軌道に乗れば、一気の大逆転も不可能ではないでしょう。しかし、巨額の開発費負担が重いリスクとしてのしかかります。すでにスペースジェットには6000億円が投じられており、新たな機種の開発にはさらに数千億円の追加投資が必要とされているのです。
振り返れば、競合であるエンブラエルやボンバルディアも、この重い開発費負担に耐えかねて主要事業をボーイングやエアバスに売却した経緯があります。一方で、三菱重工自体の体力も低下気味です。主力の火力発電設備などのパワー事業が世界的な環境志向の高まりで収益低下を余儀なくされており、航空機事業に資金を注ぎ込み続けられるかは不透明と言わざるを得ません。明確な成果を示さなければ、投資家の信頼を繋ぎ止めるのは困難です。
筆者の視点としても、技術的な「国産」というプライドに固執するあまり、市場のニーズや世界の規制への対応が後手に回った印象は否めません。しかし、エンブラエル一強となったこの市場で北米シフトを成功させれば、莫大な需要を取り込むラストチャンスになります。これ以上の延期は許されないという背水の陣の中、私たちが再び「日本の翼」が世界の空を羽ばたく具体的な姿を目撃できるかどうかは、これからの迅速な成果にかかっています。
コメント