フィリピンの国際送金市場において、欧米勢や地元企業といった新興のプレイヤーたちが、金融とIT(情報技術)を融合させた「フィンテック」と呼ばれる革新的なサービスを展開し、事業拡大をめぐって熾烈な競争を繰り広げています。フィリピンは、海外で働く出稼ぎ労働者から年間で300億ドル(約3兆2,000億円)超もの資金を受け取る「送金大国」として知られ、世界の国際送金市場をリードする、まさに先端ビジネスの実験場となっている状況です。
世界銀行の発表によると、2018年の世界の国際送金額は6,890億ドル(約74兆円)に上り、その中でフィリピンはインド、中国、メキシコに次ぐ世界第4位の送金受け取り国となっています。特にフィリピンは、これら上位3カ国と比較しても安定的な成長を見せており、また国民一人あたりの受取額が300ドル強と突出している点も注目すべきでしょう。この巨大で有望な市場を舞台に、新興企業は従来の銀行や送金専門会社が占めていた市場に、手数料の安さと利便性を武器に風穴を開けようとしています。
たとえば、中東カタールで働くジョエリン・バルユットさん(29歳)は、通信会社のサービスを利用し、毎月3,500カタールリヤル(約10万円)ほどをスマートフォンの口座から実家に送金しているそうです。「以前は送金会社の窓口で長時間並ぶ必要がありましたが、今はあっという間に送金が完了します」と、その利便性を高く評価されています。家族はフィリピン国内の受取窓口で照会番号を伝えるだけで、わずか20分後には現金を引き出せる仕組みです。このような体験がSNS上でも反響を呼び、「手間がかからない」「早くて安い」といったポジティブな口コミが広がり、フィンテック送金サービスへの注目がますます高まっている様子がうかがえます。
手数料を劇的に引き下げる新技術の仕組み
国際送金市場のゲームチェンジャーとして登場した新興企業の代表例が、英国のトランスファーワイズです。同社は世界で毎月40億ポンド(約5,500億円)もの資金を扱い、企業価値が10億ドルを超える未上場のテクノロジー企業「ユニコーン」として注目を集めています。同社のアジア太平洋地域の責任者であるベンカテシュ・サハ氏は、「フィリピンはアジアで最大の送金先の一つであり、送金額は年々倍増しています」と、その成長性を強調しています。
トランスファーワイズが実現した低コストの仕組みは、複数の国で送金注文を受ける際、国際的な資金移動をせずに、各国国内での資金移動だけで取引を完結させるというものです。これにより、従来の銀行や送金専門会社経由で通常8%から15%程度かかる高額な手数料を、同社はなんと1%前後にまで劇的に抑えることに成功しています。この他にも、スマートフォンでの送金サービスを提供する英国のワールドレミットや米国のレミットリーなどの欧米勢が先行し、シンガポールなどの企業も参入の機会を虎視眈々と狙っている状況です。
新興企業にとって、フィリピン市場が魅力的である大きな理由の一つは、サービスを低コストかつ迅速に開始できる点にあります。フィリピンでは国民の6割強が銀行口座を持たないとされ、代わりに「ポーンショップ」(質屋)が庶民の銀行のような役割を果たしています。国内に1万8,000店以上あるこれらの質屋と提携することで、新興企業は全国津々浦々に現金の受け取りネットワークを容易に構築できるのです。例えば、米決済大手ペイパル傘下のズームは、銀行や送金会社、そして質屋など1万6,000カ所で現金を受け取れるサービスを提供しており、無料で配達も行っていて、北米に続き欧州でもサービスを拡大し、利便性の向上に努めています。
ブロックチェーンやデジタル通貨の活用で競争は新局面へ
さらに、国際送金の革新を一段と進める可能性を秘めているのが、「ブロックチェーン」という技術です。これは「分散型台帳技術」とも呼ばれ、データを特定の管理者に頼らずネットワーク参加者間で共有・記録する仕組みで、改ざんが極めて困難であるという特性を持っています。フィリピン企業のコインズ・ドット・ピーエイチとSCIベンチャーズは、この技術を使い、スマートフォンアプリで送金や受け取りを可能にするサービスを提供しています。
このサービスでは、仕組み上、国際送金の際にいったん「仮想通貨」(暗号資産)であるビットコインに変換してやり取りされますが、利用者の多くは仮想通貨であることを意識せずに利用できるそうです。従来の銀行送金では、世界共通の送金システム「スイフト」の利用料や、送金会社が保有する自前の基幹システムの維持費などがコストとしてかさみます。これに対し、ブロックチェーン技術は中核システムを持たないため、手数料を1%から3%程度に抑えることができるのです。SCIの共同創業者であるミゲル・クネタ氏は、「事業規模が拡大すれば、手数料はさらに引き下げられる」と将来的な見通しを語っています。
このような技術革新の波は、既存の送金会社にも影響を与えており、彼らもフィンテックの取り込みに動き出しています。例えば、大手送金会社のウエスタンユニオンは2019年4月にコインズと提携し、500万人いるコインズ利用者がウエスタンユニオン経由の送金をアプリ口座で受け取り、決済などに使えるようになりました。また、フィリピンの質屋大手セブアナ・グループも同年6月にSCIへ出資するなど、新興勢力との連携・協調が急速に進んでいます。
この国際送金市場の激しい変化は、今後さらなる革新が予想されます。特に、米フェイスブックがデジタル通貨「リブラ」での送金市場への参入意向を表明したことは、大きなインパクトを与えるでしょう。私は、このフィリピン市場で展開される手数料競争こそが、世界中の人々の送金コストを下げ、金融アクセスを改善する鍵となると強く確信しています。
一方で、競争が激化する中で、「淘汰や再編は避けられないだろう」という声もSCIのクネタ氏から上がっています。仮想通貨のような新しい技術は発展途上にあり、当局の規制や監視が後手に回りがちであることが課題です。フィリピン中央銀行は、2017年に資金洗浄などの不正利用を防ぐため、仮想通貨事業者に対し安全網の導入を求める通達を出しており、金融市場への影響を注視しながら、健全な普及の道筋を模索している状況です。このような規制と技術革新のバランスが、今後のフィリピン国際送金市場の成長を左右する重要な要素となるでしょう。

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