かつて日本には、さまざまな場所に「鬼」と呼ばれる熱い人々が存在していました。警視庁の凄腕刑事や会社を引っ張る熱血部長、さらには相撲界を沸かせた「土俵の鬼」など、一途な志を持つ人々が社会の原動力となっていたのです。しかし昨今の働き方改革の影響により、こうした情熱的な人々は姿を消しつつあります。SNS上でも「昔の熱い上司が懐かしい」「厳しくも育ててくれる人が減った」という声が上がっており、鬼がいなくなった現代の閉塞感を憂う声は少なくありません。
私たちが慣れ親しんでいる「鬼ごっこ」という遊びは、実は神事芸能の「神楽(かぐら)」に由来していると言われています。神楽とは神々に奉納する歌舞のことで、山の精霊や荒ぶる神々への信仰がルーツです。また、節分に豆をまいて鬼を追い出す風習は、古代日本の陰陽道(おんみょうどう)という呪術に基づいています。陰陽道とは天文学や暦学を駆使して吉凶を占う技術ですが、子どもたちが豆をまく姿は、まるで小さな陰陽師のようで、どこか不思議な光景にも見えてきます。
古くからの山岳信仰において、鬼は里に現れて大暴れする恐ろしい存在でした。しかし当時の人々は鬼を排除するのではなく、衣服や酒をお供えしてその魂を鎮める「鎮魂(ちんこん)」を行っていたのです。ここには、自然の脅威である鬼と上手に付き合い、なじんでいくという先人の深い知恵が隠されています。現代社会においても、異質なものを単に排除するのではなく、受け入れて共生していく姿勢こそが、停滞した経済や文化を打破するきっかけになるのではないでしょうか。
作家の嵐山光三郎氏は、2020年2月8日のコラムでユニークな試みを提案しています。陰陽道で鬼の出入り口とされる北東の方角「鬼門(きもん)」の壁に、「歓迎!鬼御一行様」や「ウェルカム・オニ様」と書いた紙を貼るという大胆なアイデアです。さらに俳句を添えて大声で「鬼は内」と叫ぶことで、社会から溢れた鬼たちを温かく迎え入れます。この斬新な発想に対し、ネットでは「新しい節分の楽しみ方」「多様性を認める現代にぴったり」と共感の輪が広がっています。
嵐山氏が「鬼は内」と叫ぶと、寒風に乗ってリストラされた鬼や身寄りのない鬼たちが次々と集まってきました。そこには歌舞伎の有名な演目「三人吉三(さんにんきちさ)」に登場するお嬢吉三の姿もあり、名台詞を披露して宴会を盛り上げます。厳しい現代社会で行き場を失った「鬼」という名の個性を優しく包み込むような、心温まる一夜の宴が目に浮かぶようです。賑やかな夜が明けると、鬼たちは満足そうに元の場所へと帰っていきました。
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