映画『グランド・ブダペスト・ホテル』などでアカデミー賞に輝いた作曲家、アレクサンドル・デスプラ氏。彼が手掛けた注目のオペラ『サイレンス』の日本初演が、2020年1月18日にロームシアター京都で幕を開けました。文豪・川端康成の小説『無言』を原作に、映画界の巨匠が挑む舞台芸術の世界に多くのファンが熱視線を送っています。
SNS上でも「デスプラ氏がオペラを書くなんて驚き」「映画音楽とは違う繊細な響きに圧倒された」といった興奮の声が続出しました。映画という視覚と聴覚の総合芸術で頂点を極めた彼が、あえて制約の多い舞台劇に求めたものは何だったのでしょうか。その答えは、彼が創り出した独特な空間演出に隠されていました。
視覚を刺激するミニマリズムと「直接的ではない」音の実験
舞台奥には10人の演奏者が横一列に並び、色鉛筆のように色彩豊かな衣装をまとっています。対照的に、3人の演者は白や黒などのモノトーンな衣装に身を包み、舞台上には色がありません。この対比が観客の想像力を刺激します。さらに舞台上方の断片的な映像は、登場人物たちの脳内を覗き見しているような感覚にさせられます。
物語の中心は、病気で言葉を失った作家です。彼を巡る対話が進む中、舞台には「無言の幽霊」も現れます。幽霊を前に周囲も口を閉ざし、舞台は深い静寂に包まれていきました。ここで特筆すべきは、歌やセリフがすべてマイクを通したスピーカー音、つまり電気信号として客席に届けられた点です。
従来のオペラは、生の声や楽器の音を直接響かせる「アコースティック」な体験が魅力です。しかし本作はあえて音響機器を介す手法を取りました。私はこの選択に、現実と虚構の境界を曖昧にする狙いがあったと考えます。デジタルなフィルターを通すことで、川端文学の持つ浮世離れした世界観がより際立つのです。
情報を削ぎ落とした先に生まれる、観客の無限の創造性
デスプラ氏の音楽は奇をてらった実験音楽ではなく、伝統的な旋律を洗練された形で配置した美しいものでした。緻密に計算された繊細な演出は、客席のノイズすら拒絶するような緊張感で満ちています。ネット上でも「静寂そのものが音楽のようだった」と、その張り詰めた空気に魅了された人の声が目立ちました。
現代社会は情報で溢れていますが、この舞台が提示したのは「あえて語らないこと」の美学です。情報を削ぎ落とし、観客を沈黙へ誘うことで、私たちは劇中の行間を自分自身の想像力で埋めるよう促されます。これこそが、映画の枠を超えてデスプラ氏が表現したかった、舞台芸術が持つ無限の可能性なのでしょう。
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