長きにわたり鉄道利用者のお腹と心を満たしてきたJR美濃太田駅(岐阜県美濃加茂市)の駅弁屋「向龍館」が、2019年6月1日をもって64年間の営業に幕を下ろしました。同店は、JR東海管内の駅では唯一、昔ながらの立ち売りというスタイルを続けていたことで知られています。この立ち売りとは、駅のホームなどで売り子さんがお弁当の入った箱を下げ、列車を待つ乗客や車内の乗客に直接声をかけて販売する形式のことです。近年、販売数の減少から閉店の決断に至ったものの、名物である「松茸の釜飯」を愛した常連客からは、営業終了を惜しむ声が多数上がっています。
閉店間際の2019年5月28日昼、店主の酒向茂さん(75歳)は、いつものようにホームを巡り、「釜飯どう?」と列車を待つ人々へ明るく語りかけました。肩にかけた販売箱には、向龍館の看板商品である「松茸の釜飯」(税込み1,000円)が並びます。この釜飯を目当てに毎週駅を訪れていたという岐阜県関市の会社員、後藤利明さん(44歳)は、「酒向さんとの会話が本当に楽しかった。閉店は残念でなりませんが、長年のご苦労に心からお疲れさまと言いたい気持ちでいっぱいです」と、寂しさをにじませながら話しました。このような温かい交流こそが、向龍館が長年愛された理由の一つでしょう。
向龍館は、酒向さんの父である和男さんが1955年に開業されました。今からおよそ40年ほど前、木曽川の川下りを楽しむ行楽客が多かった最盛期には、1日に300個以上もの駅弁が売れていたといいます。しかし時代と共に、駅の利用者が減少し、さらに列車の高速化によって停車時間が短くなったり、窓が開かない構造の車両が増えたりしたことで、立ち売りによる販売は徐々に困難になってしまいました。その結果、近年では一日の販売数がわずか5、6個程度となり、時には一つも売れない日さえあったそうです。
酒向さんは、「このお弁当の味が好きで、長年購入してくださるお客さんがいる」という思いを胸に、妻の素子さん(72歳)と毎朝午前4時に起きて、創業以来変わらぬレシピで仕込みを続けてこられました。しかし、年中無休の営業に加え、重たい販売箱を担いでの立ち売りは、酒向さんの膝や腰に大きな負担をかけ、体力の限界が訪れてしまったのです。そのため、酒向さんは2018年秋、惜しまれながらも店を閉めるという苦渋の決断をされました。
実は、向龍館のような老舗駅弁屋の撤退は全国的に相次いでいます。JRの駅構内の弁当店などで構成される「日本鉄道構内営業中央会」(東京)によると、会員業者は1960年代には全国で約430社存在しましたが、現在では100社を下回る状況です。これは、先述のような列車の停車時間の短縮に加え、JR系列を含めたコンビニエンスストアや一般の飲食店が駅構内に増加したことも大きく影響していると推察されます。鉄道利用者のニーズが多様化する中で、伝統的な駅弁文化を守り続けることの難しさが浮き彫りになっていますね。
閉店のニュースはSNSでも大きな反響を呼び、「美濃太田の釜飯は旅の思い出だった」「立ち売りの風景を見るのが好きだったのに寂しい」「酒向さんの『どう?』の声が忘れられない」といった、数多くの惜別と感謝のコメントが投稿されました。向龍館の駅弁は単なる食事ではなく、旅情や人との温かい触れ合いを提供する、かけがえのない存在だったことが伝わってきます。
向龍館の駅弁販売は終了しますが、酒向さんは今後も仕出し屋として営業を継続される予定です。酒向さんは「応援してくれたお客さんに感謝しかありません。駅弁を心からおいしいと感じていただけるよう、最終営業日の2019年5月31日まで、全身全霊で頑張り抜きたい」と意気込みを語られました。駅弁の立ち売りという文化は一つ失われてしまいますが、人々の心に残る「向龍館」の温かい味と、酒向さんご夫妻の真摯な姿勢は、これからも多くの人々に語り継がれていくことでしょう。
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