2019年10月20日、東京・江戸川区のカヌー・スラロームセンターにて、東京五輪の代表選考会が運命の最終局面を迎えました。激流を読み、ゲートを通過する技術を競う「カヌー・スラローム」において、男子カヤックシングルの代表に内定したのは、29歳の足立和也選手(山口県体協)です。
選考対象となる国際大会ではライバルに先行を許していた足立選手でしたが、この日はまさに背水の陣で挑んでいました。SNS上でも「逆転の可能性に期待したい」「自分を信じて漕いでほしい」といった熱い応援の声が相次ぎ、ファンの期待が最高潮に達する中でのスタートとなったのです。
カヌー・スラロームは、激しく波立つコースに吊るされたゲートを順に通過し、そのタイムと正確性を競う競技です。ゲートに接触すると「ペナルティ」として2秒がタイムに加算されるため、多くの選手が守りの姿勢に入りますが、足立選手は「攻めなければタイムは出ない」と覚悟を決めていました。
大学中退を決意し、山口で磨き上げた不屈の技術
神奈川県出身の足立和也選手は、幼少期からパドルを握ってきましたが、その道のりは決して平坦ではありませんでした。大学時代、海外の強豪選手との実力差に悩んでいた彼に転機が訪れます。それは、現在も師事する市場大樹コーチからの「山口で一緒にやらないか」という誘いでした。
2012年、彼はカヌーに人生のすべてを懸けるため、大学中退という大きな決断を下して山口県萩市へ移住しました。それからというもの、コーチと二人三脚で徹底的に追求してきたのが、ゲート間を最短距離で駆け抜ける「動きの速さ」です。泥臭く努力を重ねる姿は、多くの関係者の心を打ちました。
このひたむきな姿勢が、大一番での「会心の漕ぎ」に繋がったのでしょう。準決勝では、ゲートを掠めるような鋭いターンを次々と披露しました。接触のリスクを恐れず最短コースを突き進むその姿は、観客の目にも驚異的なスピードとして映り、見事に逆転劇を完遂したのです。
世界に挑む「メイド・イン・ジャパン」の特注カヌー
足立選手の快進撃を支えたのは、市場コーチの熱意が生んだ「純国産」のカヌーでした。カヌー界では欧州製の船体が主流ですが、今回はレーシングカーの開発で知られるムーンクラフト社が製造を担当しています。選手の感覚に合わせ、座面をミリ単位で調整する緻密な作業が繰り返されました。
F1などの最先端技術が詰まった「魔法の絨毯」とも言える特注艇は、足立選手の繊細な感覚を見事に具現化したのです。道具と選手、そして技術者が三位一体となったことが、世界の壁を打ち破る武器となりました。まさに日本のモノづくりの魂が、激流を制した瞬間と言っても過言ではありません。
内定を決めた足立選手は、2019年11月13日の取材に対し、支えてくれた人々への感謝を繰り返し述べました。人生の分岐点で勇気ある選択をした彼だからこそ、その言葉には重みがあります。挑戦を恐れない「攻めの姿勢」こそが、2020年の本番でも最高の結果を導き出すと確信しています。
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