👗「令和」が繋ぐ古代のモダン!奈良時代の「唐風衣装」を現代によみがえらせる服飾家の情熱

2019年5月1日に新元号「令和」が始まり、その典拠となった日本最古の歌集「万葉集」への関心が急速に高まっています。SNSでも、「美しい」「伝統の中に清新な風を感じる」といったポジティブな意見が9割近くを占め、万葉集の持つイメージが好意的に受け止められているのが分かります。多くの人々が万葉歌人たちに思いを馳せる今、彼らが実際にどのような装いをしていたのか、想像が膨らむことでしょう。しかし、ここで注意が必要なのは、華やかな十二単や束帯は平安時代のものであり、奈良時代末期に成立したとされる万葉集の時代とは異なるということです。

服飾家の山口千代子さんは、新元号発表以前から、奈良時代の衣装の再現に長年情熱を注いでいらっしゃいます。奈良時代の衣服は、遣唐使によって大陸からもたらされた、当時の最先端をゆくモダンな「唐風(とうふう)」のデザインが特徴で、長年洋服の縫製に携わってきた山口さんは、その構造に「洋服の原型」のようなものを感じ取っておられます。奈良時代の衣装は、五位以上の貴族が儀式で着用する「礼服(らいふく)」、役人が朝廷に上がる際の「朝服(ちょうふく)」、そして庶民が仕事着として身につけた「制服」の三つに大別されます。

山口さんが衣服の再現を始められたのは十数年前からだそうで、古代の服飾にはまだ解明されていない部分も多いため、文献に忠実な「復元」ではなく、「現代人が実際に袖を通せる服」としてよみがえらせることを制作の目標にされています。大阪で生まれ育ち、結婚後に奈良へ移って洋裁教室を営む傍ら、仏教美術のカルチャースクールに通い、奈良国立博物館で解説ボランティアを務めるようになったことが、この道に進むきっかけだったそうです。特に、毎年秋に開催される正倉院展でのある出会いが、山口さんの創作意欲を強く刺激しました。

正倉院の宝物には、聖武天皇の愛用品や、東大寺大仏開眼会(かいげんえ)の関連品が中心ですが、庶民に貸し出された麻製の「制服」も残されています。当初、庶民は麻布の首元だけが開いたシンプルな「貫頭衣(かんとうい)」を着ていましたが、やがて仕事着として制服を着るようになります。一つ一つ胴回りの幅が異なるこれらの制服は、着用する人の体型に合わせて仕立てられたことがうかがえます。ある年の正倉院展で、山口さんは実物を目の当たりにし、大変驚かれたそうです。衣服を美しく仕立てる上で大切な「形崩れしない」という点において、制服は布の縦横が考慮され、体に沿う曲線で裁断されていたからです。

これは現代の「立体裁断」に通じるもので、その仕立て方はまるで洋服のようだと山口さんは感じられました。この発見は、古代の知恵に対する深い敬意と、服飾家としての探究心を呼び覚まします。制服への挑戦に続き、貴族の華やかな衣装にも想像力を掻き立てられ、宝物を模倣して縫い上げ、多くの研究書を読み込んでいかれます。絞り染めの制服を再現する際には、当時の染料である藍と紅花の表現に苦心し、洋裁教室の生徒さんの協力を得ながら、化学染料を用いて、年月を経て黄色く退色した紅花の色合いを表現されています。

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文献と想像力で紐解く貴族の衣装

貴族が着用した絹の服を再現するには、正倉院宝物以外の文献と、山口さんの豊かな想像力に頼る部分が大きくなります。「礼服」の資料は、山口さんの知る限りでは片袖一枚しか残されておらず、巻きスカート状の「裳(も)」も一着、そして僧侶の装束が手掛かりとなります。そこで参考にされたのが、奈良時代の絵画が描かれた経典「絵因果経(えいんがきょう)」や大仏開眼会の絵巻、さらには唐の壁画といった資料です。

衣装の華やかさを決める「文様」については、博物館で知り合った学芸員の方から詳細な指導を受けられたそうです。平安時代に入り、日本独自の「国風文化(こくふうぶんか)」が花開くと、奈良時代の衣装は表舞台から姿を消しますが、正倉院の文様はアレンジされつつも現代の着物や帯の図柄に受け継がれています。当時の衣装は、「位階(いかい)」つまり官位によって着物の色が厳格に定められていました。草木で染めるには時間も費用もかかりすぎるため、山口さんはぴったりの色の古着の絹地や、文様が描かれた袋帯を探し、布地を見つけた時には心が躍ると語っていらっしゃいます。

衣服は実際に着られてこそ意味があるという信条から、山口さんはあえて資料と異なる変更を加えることもあります。例えば「裳」は、現代人の体形では文献通りの寸法だと着崩れてしまうため、脇を縫い付けて通常のスカート型にするなどの実用的な工夫を凝らしています。当初は個人的な趣味として制作されていたそうですが、今では平城京跡で開催される「天平行列」の衣装制作も手がけられるようになり、活動の幅を広げていらっしゃいます。

そして現在、2019年6月30日までは、奈良市の平城宮いざない館で「万葉歌詠み人の衣装」が展示されています。令和の由来となった「梅花の宴」を催した歌人、大伴旅人が着た三位(さんみ)を示す薄紫色の衣装をはじめ、庶民が詠んだ歌も万葉集には残されていることから、「制服」も併せて展示されているそうです。山口さんは、貴族の華やかな衣装を制作するのは楽しいとおっしゃる一方で、実物を丹念に観察して作り上げた制服には、「格別な思い」があると打ち明けられています。

私は、古代の衣装を現代の感性で捉え直し、実際に着用できる形によみがえらせる山口さんの試みは、歴史と文化を身近に感じさせてくれる素晴らしい活動だと強く感じます。単なる歴史の再現に留まらず、奈良時代の衣服が持つ「古代と現代に通じるモダン」な魅力を多くの人に伝えたいという山口さんの願いは、きっと多くの人の心に響くでしょう。服飾家としての深い洞察と愛情が詰まったこれらの衣装を通して、新元号「令和」をきっかけに広がった万葉集への関心が、さらに深まることを期待します。

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