2019年07月26日、穏やかな海に囲まれた島々を舞台に「瀬戸内国際芸術祭2019」の夏会期が華々しくスタートを切りました。春から続く名作に加え、大島や高松港を中心に新たな息吹を感じさせる十数点の新作が登場しています。厳しい暑さを迎えるこれからの季節、アートの力で心を穏やかに整える特別な時間が、私たちを待っていることでしょう。
高松港から船に揺られること約30分、ハンセン病療養所という歴史を持つ大島へ足を踏み入れると、どこか懐かしい音楽が耳に届きます。これは視覚に障がいを持つ入所者を安全に導くためのメロディーで、島に流れるゆったりとした時間を示唆しています。この地で発表された田島征三氏の新作は、80歳を超える入所者「Nさん」の過酷な歩みを5つの部屋で描いた、心に深く突き刺さる空間芸術です。
「インスタレーション(空間芸術)」という手法で表現されたNさんの半生は、若くして家族から引き離された孤独や中絶の悲劇など、痛切な記憶を物語ります。しかし、展示の最後で目にするのは、今この瞬間もNさんが慈しみ育てている真っ赤なトマトの畑です。過去の出来事を歴史上の問題として片付けるのではなく、現在進行形の命の物語として提示する作家の姿勢に、思わず背筋が伸びる思いがします。
魂を繋ぐ物語と、島の暮らしに溶け込むアートの力
SNS上では「美しい景色の中に秘められた歴史に涙した」という声が溢れていますが、山川冬樹氏の映像作品「海峡の歌」もまた、見る者の魂を揺さぶります。かつて島からの脱出を試み、対岸の庵治町を目指して海を泳いだ人々への鎮魂を込め、作家自らがその海域を泳ぎきりました。両面モニターに映し出される映像は、過去から現在へと勇気を繋ぐバトンのような輝きを放っているようです。
一方で、かつて銅の製錬で栄えた犬島は、今や「家プロジェクト」が彩る芸術の聖地へと変貌を遂げています。新登場した半田真規氏の作品「C邸」は、日本画に用いられる伝統的な絵具である「顔料」で染めた巨大な花が、開放的な空間に揺らぐ幻想的な一作です。顔料とは天然の鉱石などを粉末にした色材のことで、その独特の質感が島を吹き抜ける風と見事に調和し、訪れる人々を優しく迎え入れます。
私が思うに、アートとは単なる鑑賞物ではなく、その土地の「痛み」や「喜び」を追体験するための装置ではないでしょうか。半田氏が住民と対話しながら作り上げた空間は、アートが地域社会に溶け込み、互いにエネルギーを与え合う理想的な形を提示しています。観光地としての華やかさの裏にある、人々の営みや感情に光を当てることこそ、この芸術祭の真の価値であると感じてやみません。
香川のソウルフードも芸術に?シュールで楽しい高松港エリア
高松港近くの旧倉庫街では、香川県の文化資源をユニークに解釈した展示が話題を呼んでいます。特に注目を集めているのが「うどん湯切りロボット」です。伝統的な湯切りの作法を丁寧に解説しつつ、どこか機械的なぎこちなさで動く姿は、シュールな笑いを誘います。これは単なる娯楽ではなく、精密な機械とゆらぎを持つ人間との対比を問いかける、知的な実験でもあるのです。
さらに、丸亀特産のうちわの骨を大量に組み合わせた圧倒的な造形物や、海の深い青を表現したフランスの作家によるリサーチ作品など、地域のアイデンティティを再定義する試みが並びます。2019年08月25日までの夏会期、瀬戸内の島々は情熱と静寂が共存する最高の舞台となるでしょう。日常の喧騒を離れ、波の音とともに五感でアートを享受する旅に出かけてみませんか。
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