アルツハイマー病という難病に立ち向かう医療の最前線で、今まさに大きなパラダイムシフトが起きようとしています。これまで治療薬開発の主役だった「アミロイドβ」というタンパク質に加え、新たに「タウ」と呼ばれる物質を標的にした戦略が、世界中の製薬メーカーで本格化しているのです。2019年07月31日現在、認知症克服に向けたアプローチは、かつてないほど多様化し、新たな希望の光が見え始めています。
そもそもアルツハイマー病は、脳内に異常なタンパク質が蓄積し、神経細胞が壊れていく病気です。従来は「アミロイドβ(Aβ)」こそが諸悪の根源と考えられ、これを除去する薬の開発に力が注がれてきました。しかし、2018年02月に米メルクが、同年06月には米イーライ・リリーなどが相次いで治験の中止を余儀なくされています。期待された効果を証明することの難しさが、開発の現場に重くのしかかっている状況です。
さらに2019年に入っても、02月にスイスのロシュ、03月には日本のエーザイと米バイオジェンが最終段階の治験中止を発表するという衝撃的なニュースが続きました。こうした厳しい現実を受けて、SNS上では「新薬への期待が大きかっただけにショックだ」という悲観的な声の一方で、「一つの方法がダメなら次の道を探してほしい」という切実な願いも多く寄せられています。研究者たちは今、その声に応えるべく新戦略に舵を切りました。
そこで注目を浴びているのが、もう一つの原因物質とされる「タウ」です。これは細胞の骨組みを安定させる役割を持つタンパク質ですが、異常に変質すると糸くずのような塊となり、脳の神経細胞を死滅させてしまいます。専門用語で「タウ蛋白(たんぱく)」と呼ばれるこの物質は、認知機能の低下とより密接に関係していると考えられており、これを標的とすることで、病気の進行を食い止める突破口になることが期待されています。
製薬大手が挑むタウ標的の新薬開発と日本勢の躍進
現在、このタウを狙った開発競争には、国内外の有力企業がこぞって参入しています。中外製薬は2019年04月から、日本国内でタウを除去する新薬候補の臨床試験、いわゆる「治験」を開始しました。治験とは、新しい薬の候補が人間に有効で安全かどうかを確認するために行われる、極めて重要なステップです。親会社のロシュによる世界規模の検証に合わせ、日本でも最先端の治療研究が動き出しています。
カメラやフィルムで培った技術を応用する富士フイルムホールディングスも、2019年度中に欧州でタウを標的とした新薬候補の治験を始める計画を立てています。また、長年アルツハイマー治療を牽引してきたエーザイも、独自の「抗体医薬」の開発に成功したことを明らかにしました。抗体医薬とは、特定の物質だけを狙い撃ちにする免疫の仕組みを利用した薬で、副作用を抑えつつ高い効果を発揮する革新的な技術と言えます。
エーザイは、依然としてアミロイドβを狙う薬の開発も継続していますが、「認知症克服には複数の戦略が必要不可欠だ」という強い姿勢を示しています。一つの原因に執着せず、多様な可能性を探るこの柔軟なアプローチこそが、複雑な脳の病気を解明する鍵になるでしょう。世界を見渡せば、米イーライ・リリーは2027年、ロシュは2028年の承認申請を目指しており、実現すれば治療の選択肢は劇的に広がることになります。
さらにフランスのスタートアップ企業であるABサイエンスは、既存の「抗がん剤」を転用してタウを阻害しようというユニークな試みも始めています。私個人の意見としては、これまでの失敗を糧にして、原因物質そのものへの理解が深まっている現状を前向きに捉えたいと考えています。特定の物質を排除するだけでなく、患者一人ひとりの状態に合わせた「多角的な治療」が確立される日は、そう遠くない将来に訪れるはずです。
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