【出版不況に挑む】返本ゼロで売上6倍!「ORブックス」に学ぶ電子書籍時代のニッチ市場戦略

出版不況という厳しい状況が続く中、アメリカのニューヨーク、チェルシー地区にある出版社「ORブックス」は、わずか3人の社員で驚くべき成長を遂げています。経営者のジョン・オークス氏(57)は、書店の店頭ではなく、電子書籍を直販する自社のウェブサイトに注力しており、そのデザインこそが生命線であると考えています。もし売れ行きが鈍いと感じたら、すぐにインドにいる現地のエンジニアに連絡を取り、文字や画像の見た目を修正するなど、デジタルならではの迅速な対応を徹底している様子です。

電子書籍の大きなメリットとして、製作コストが紙の本の約4分の1で済む点が挙げられます。このコスト削減分を、販売データの分析といったより重要な業務に注ぎ込むことができるのです。オークス氏は以前、大手出版社に勤務していましたが、そこでは売れ残りが大量に書店から返本されることが常態化していました。これに対して、電子書籍には「返本」という概念が存在しないため、販売部数が2,000部あれば収支が合うという低リスクなビジネスモデルを実現しています。このリスクの低さが、オノ・ヨーコ氏の詩集など、本好きの細かなニーズに応えるニッチな出版を可能にし、同社の売上は2018年には約100万ドル(約1億1千万円)に達し、創業から10年で6倍という目覚ましい増加を見せているのです。

インターネットによって世界が密接につながった現代では、販路の拡大と生産コストの低下が同時に進行しており、個人や小さな企業でも少量生産が容易になりました。この流れは出版業界にも波及しており、アメリカでは、ORブックスのような独立系出版(大手資本に依存しない、小規模な出版社や個人による出版活動)の出版点数が過去5年間で2.6倍に急増し、2017年には年間100万点を超えました。これは、大手が約20万点で横ばいとなっているのとは対照的で、規模の経済(生産量が増えるほど単位当たりのコストが下がる仕組み)に頼らない、新たな成長の形が生まれていることを示していると言えるでしょう。

このような「ちりが積もるように価値を連ねる経済」の姿は、世の中に出回る商品の品揃えにもはっきりと現れています。例えば、東京大学の渡辺努教授らによる調査では、日本の小売店の品目数は2013年には12万点に達し、四半世紀で倍増していることが確認されています。これは、たとえ必要とする人が1人しかいなくても、そこが市場となり得ることを意味します。マサチューセッツ工科大学のセザー・ヒダルゴ准教授は、「情報やアイデアを具体的な形にするための知識の密度が、ビジネスの成否を分ける死活的な要素になる」と指摘されており、特定の分野における深い知識が、新たな価値創造の鍵を握っていると言えましょう。

この考えを裏付けるのが、医療アプリ「医詞(いことば)」の事例です。医師がスマートフォンに「さんかてきりん」と打ち込むだけで、「酸化的リン酸化共役因子」など複数の専門用語の変換候補が即座に表示されます。このアプリは24万もの医療用語を網羅しています。日本ではいまだに電子カルテの普及率が3割にとどまっており、手書きによる表記のばらつきが問題となっていますが、無駄な治療を減らし患者さんの負担を軽減するためには、医師間の正確な情報共有が不可欠です。この4,800円のアプリは、これまで解決が難しかったこの課題に対する新たな解決策として、医療現場で広がりを見せているのです。

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無駄を排し、細かなニーズに応える「ネオエコノミー」の可能性

大量生産を前提とし、モノの余剰や無駄が発生することを許容してきた20世紀型の規模の経済は、徐々にその終焉を迎えつつあります。大企業が最大公約数(最も多くの人に共通する平均的なニーズ)を想定し、巨大なブランド力を武器に大量の商品やサービスを売り込むことが、必ずしも最適解ではなくなったのです。現代の経済においては、規模の大小にかかわらず、無駄や制約を極限まで減らし、これまで見過ごされてきた細かなニーズから価値を創造する、新たな経済システムが広がりつつあります。私は、このようなビジネスモデルこそが、急激な成長ではなくても、長く持続する息の長い成長を可能にすると強く確信しています。

この新しい経済、まさにネオエコノミーとも呼べる状況において、最大公約数に代わる最適解を手にするのは、必ずしも大企業や国家とは限りません。むしろ、専門的な知識を持った「人」が「人」を引き寄せ、知恵の連鎖反応が起きることで、世界経済の構図そのものが塗り替えられていくでしょう。東京大学の柳川範之教授は、「これからの経済は、国や企業ではなく、人という単位で動くようになる」と予言されています。ORブックスや「医詞」の事例は、まさにその予言の萌芽であり、小さなビジネスでも世界を変える力を持っていることを示しているのではないでしょうか。この新たな潮流は、私たち編集者にとっても、特定の読者層に深く響くニッチで質の高い情報発信の重要性を改めて教えてくれています。

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