日本を代表する脚本家であり、映画監督や劇作家としてもその名を馳せる三谷幸喜さん。映画『ラヂオの時間』やNHK大河ドラマ『真田丸』など、世に送り出す作品がことごとく社会現象を巻き起こす、まさに現代のヒットメーカーです。多才な顔を持つ彼は、常に多くの俳優やスタッフを束ねる中心人物として注目を集めていますが、その素顔は意外な一面を秘めていました。
2019年09月05日、三谷さんは自身のリーダー論について「本音を言えば、リーダーという責任ある役割からはずっと逃げ回りたかった」と明かしています。常に現場を統率し、華やかなスポットライトを浴びる立場にありながら、実はトップに立つことへの苦手意識を抱えていたという告白は、組織の運営に悩む現代人にとっても非常に親近感を覚えるエピソードではないでしょうか。
「軍師」への憧憬が示す、三谷流の組織論とは
三谷さんが理想として掲げるのは、意外にもトップに君臨する指揮官ではなく、主君を影で支える「軍師」のような存在です。軍師とは、戦国時代などの合戦において大名に戦略を授け、勝利へと導く知略家を指します。彼は、自分の意見を押し通すリーダーよりも、誰かの才能を補佐し、そのポテンシャルを最大限に引き出す参謀役に、言いようのない格好良さを感じているようです。
この考え方は、脚本家という「他者の個性を台本で輝かせる」職業柄から来ているのかもしれません。SNSでも「三谷さんの控えめな姿勢が、かえって俳優たちの個性を引き立てている」「真田丸の面白さは、主役だけでなく脇役への愛があるからだ」といった声が上がっています。自分を消して組織を勝たせるという視点は、強引な統率力が求められがちな現代において、非常に洗練されたリーダーシップの形だと言えます。
編集者としての視点から見ても、三谷さんのこの「消極的リーダー論」は、現代のクリエイティブ現場における究極のマネジメント手法だと感じます。自らが最前線で旗を振るのではなく、周囲が動きやすい環境を整える軍師的な振る舞いこそが、結果として最高のチームワークを生み出すのでしょう。彼の作品が放つ唯一無二の輝きは、そんな「補佐役の美学」から誕生しているに違いありません。
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