2019年09月19日、がん治療の常識を塗り替える「がんゲノム医療」が本格的に幕を開けました。個々の患者さんの遺伝子情報を詳細に解析し、最適な治療薬を探し出すこの画期的な手法は、多くの患者さんに一筋の光をもたらしています。しかし、医療の現場では、その革新性と引き換えに直面している深刻な課題が浮き彫りになってきました。
特に注目すべきは、親から子へと受け継がれる「遺伝性がん」への対応です。遺伝子パネル検査(がんに関わる複数の遺伝子を一度に調べる検査)の過程で、本人の治療法だけでなく、家族の発がんリスクに関わる遺伝子の変化が見つかるケースがあります。これは患者さんにとって、自身の病気と向き合う中で、家族への影響という新たな心の重荷を背負うことを意味するでしょう。
SNS上では、「自分の病気だけでなく家族のこともわかるのは怖いけれど、対策ができるなら知っておきたい」という前向きな意見がある一方で、「心の準備ができないまま事実を知らされるのが不安だ」という切実な声も散見されます。こうした葛藤を抱える患者さんを支えるのが、専門的な知識を持つ認定遺伝カウンセラーの役割ですが、その現場は今、圧倒的な人手不足に喘いでいます。
専門人材の不足とカウンセリング体制の整備
厚生労働省は、がんゲノム医療の中核拠点病院や連携病院を指定し、体制の整備を進めています。しかし、東京大学医学部附属病院のようなトップクラスの施設であっても、主にがんを担当する認定遺伝カウンセラーはわずか2名という現状です。一人ひとりに1時間以上の丁寧な対話が必要な業務において、この数字はあまりにも心もとないと言わざるを得ません。
私は、この「情報の質」と「伝える体制」のギャップこそが、日本のがん医療が乗り越えるべき最大の壁だと確信しています。遺伝という言葉に対する日本社会の心理的な抵抗感は根強く、単に検査結果を伝えるだけでは、患者さんは「やっかいなことがわかってしまった」という絶望感に包まれてしまうかもしれません。これを「未来への備え」へと変える対話が不可欠なのです。
本来、遺伝子パネル検査は治療の初期段階から導入されるべきではないでしょうか。早期にリスクを把握できれば、二次がん(治療後に新たに発生する別のがん)の予防や、家族を含めた早期発見・早期治療のサイクルを回すことが可能になります。現在は標準治療が困難になった段階での実施が主ですが、技術の進化に合わせて制度も柔軟に進化させるべきです。
がんゲノム医療は、単なる治療の選択肢を増やすだけのものではありません。精神神経疾患や日常の健康管理など、ゲノム解析の用途は今後さらに広がっていくことが予想されます。革新的な技術を宝の持ち腐れにしないためにも、長期的な視点に立った予算配分と、次世代を担う専門人材の育成を急ぐことが、今の日本に求められている最大のミッションです。
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