📚【ミャンマーの神秘】民主化で身近になった黄金の仏教国へ!作家・多和田葉子が見た仏像と土着の神「ナッ」の魅力に迫る

2019年6月16日に掲載された本記事では、長年入国が難しい国として意識されていたミャンマーへ、ついに足を踏み入れた作家の多和田葉子さんが、その旅で出会った驚きと魅力を綴っておられます。かつては政情が不安定で、入国が厳しく制限されていたミャンマーですが、ようやく民主化が進み始め、記事執筆の約1年ほど前となる2018年10月からは、日本と韓国からの観光客に対するビザ(査証)が1年間免除されていました。長年の意識とは裏腹に、入国カードの記入や旅券審査での詳細な質問もなく、あまりに簡単に手続きが済んだことに多和田さんは拍子抜けされた様子が伺えます。これは、国際社会に開かれつつある当時のミャンマーの新たな一面を象徴する出来事といえるでしょう。

多和田さんがミャンマーを訪れた理由の一つは、その地にある仏像に出会うことでした。日本国内では、他国の仏像を目にする機会が非常に少ない一方、パリやベルリンなどの欧州の博物館には、インドや東南アジアの多様な仏像が多数収蔵されています。それらを見るたびに、仏教の奥深い多様性にいつも驚かされてきた多和田さんは、カンボジアやミャンマーといった仏教国で、実際にそれらの仏像に「逢いたい」という長年の夢を抱いておられました。仏像との出会いを求め、ついにミャンマーの地を踏まれた多和田さんの期待の大きさが伝わってきます。

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古都バガンで出会う「無数の仏舎利塔」と「子供のような微笑みの仏様」

多和田さんがヤンゴンから北へ飛行機で約1時間ほど移動し訪れたのは、11世紀から13世紀にかけて栄華を極めた古都バガンです。空港の外に広がる市場の風景は、当時のミャンマーの日常を鮮やかに切り取っています。中国製のバイクが並び、笊に入った青野菜、山積みのトマトや卵、そして噛みタバコなどが売られています。特筆すべきは、切り株をまな板代わりにしてさばかれた魚が、砕いた氷の上に並べられている光景です。冷蔵庫がない当時の生活様式を物語っています。また、市場で買い物をしているのはすべて女性、裏の喫茶店でお茶を飲んでいるのはすべて男性という、ミャンマー社会の性別による役割分担が垣間見える光景も印象的です。

町の中心部を離れると、ヤシやサボテンが生い茂る乾燥した土地が広がり、そこに赤茶色のとんがり帽子のような形の仏舎利塔(ブッシャリトウ)が数えきれないほど無数に建ち並んでいます。仏舎利塔とは、仏教において釈迦の遺骨や遺灰、あるいは経典などを納めた塔のことで、仏塔とも呼ばれます。その幻想的な景観は、まるで夢の中に迷い込んだかのような錯覚を覚えるほどだといいます。多和田さんは、このバガンで、アーナンダ寺という場所にて念願の仏様と対面を果たされました。その仏様は、「金銭には無欲なのに生きることに貪欲な子供のような微笑み」を浮かべていると表現されており、その姿に多和田さんは心惹かれています。また、その仏教寺院は天井の高い石の回廊が西洋の教会のようにも感じられ、当時のバガンが非常に国際色豊かであったことが窺えます。

仏教国ミャンマーで熱い信仰を集める土着の神「ナッ」の魅力

仏教寺院や仏像の魅力だけでなく、多和田さんの心を捉えたのが、ミャンマーで熱心に信仰されている「ナッ」という土着の神様です。ナッ信仰とは、仏教が伝わる以前からミャンマーに存在する民間信仰であり、自然の精霊や、非業の死を遂げた人間の霊などを祀るものです。特に、人為的な権力の犠牲となって理不尽な死を迎えた庶民の霊がナッとして祀られることが多く、彼らが神様として人々に篤く信仰されています。それぞれのナッには、彼らがどのようにして神になったかという物語、すなわち「伝え話」があり、多和田さんはその一つ一つが非常に面白く、いくつ聞いても飽きることがなかったと語っておられます。

例えば、ある伝え話では、「昔とびぬけて美しい女がいた。横暴な王にセクハラされないように鬼の仮面を被って一人森の中で暮らしていた。ある日お面をはずして水浴していると狩人が一人通りかかり…」といったロマンティックでありながらも、悲劇的な展開を予感させるような導入で始まるものもあります。これらの物語は、当時のミャンマーの人々の生活や感情、そして権力への反発といったものが色濃く反映されており、非常に興味深いものです。多和田さんの文章からは、仏教の奥深さだけでなく、ナッ信仰というミャンマーの文化の多様性に触れることのできる喜びが伝わってくるでしょう。

この記事がSNSなどで公開された際、多くの読者は、ミャンマーの仏像の持つ「子供のような微笑み」の表現や、土着の神である「ナッ」の持つ物語の面白さに強く惹きつけられたようです。「仏像の微笑みが気になる」「ナッの物語をもっと知りたい」といった反響が多く見られました。詩人・作家として活躍され、ドイツに拠点を置きながら世界各地で講演活動をされている多和田葉子さんだからこそ捉えられた、ミャンマーという国の奥深い魅力と文化の多様性が、多くの読者の旅心と知的好奇心を刺激したことでしょう。民主化が進み、訪れやすくなったミャンマーは、まさに当時の日本人にとって注目の旅行先の一つであったといえるでしょう。

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