2019年09月30日、日本の医療界に希望の光が灯りました。慶応義塾大学の尾上弘晃准教授や藤岡正人専任講師、そして東京慈恵会医科大学の岡野ジェイムス洋尚教授らの共同研究チームが、耳の病気を根本から治すための画期的な「ドラッグ・デリバリー・システム(DDS)」を開発したのです。この技術は、これまで治療が困難とされてきた内耳の疾患に対し、薬を確実に届けるための新しい運び手として大きな期待を集めています。
そもそもDDSとは、薬を体内の特定の部位へ、必要なタイミングで、最適な量を送り届ける技術を指します。今回の成果は、このDDSを駆使して「遺伝子治療」をより効果的に行おうという試みです。遺伝子治療とは、先天的な異常がある遺伝子の代わりに正常な働きを持つ遺伝子を細胞内に送り込み、病状の改善を図る最先端の治療法であり、失われた聴覚を取り戻す鍵として注目されています。
内耳は非常に複雑で繊細な構造をしており、薬剤を深部の細胞まで浸透させることは至難の業でした。SNS上では「補聴器に頼るしかないと思っていたけれど、自分の細胞が再生する可能性があるなら素晴らしい」「耳の奥まで薬が届くのは画期的だ」といった驚きと期待の声が溢れています。今回の新手法は、特殊なゲルを用いることで、複雑な形状の耳の奥に薬剤を留まらせ、長時間にわたって成分を放出し続ける「徐放(じょほう)」を可能にしました。
人工イクラの技術を応用?驚きの「ダブルゲル構造」の仕組み
研究グループが考案したのは、2種類の性質が異なるゲルを組み合わせるユニークな手法です。まず、人工イクラの原料としても知られる「アルギン酸」のゲルで、遺伝子の運び役となるウイルスを包み込み、微小なビーズ状にします。このビーズの大きさは、50から500マイクロメートル(1マイクロメートルは100万分の1メートル)の間で自在に調整可能であり、このサイズこそが薬の放出速度をコントロールする決定打となります。
次に、このビーズを液状のコラーゲンと混合して患部に注入します。コラーゲンには、ヒトの体温に近い37度前後で固まる性質があるため、耳の奥へ滴下すると約30分で内耳全体を覆うように定着するのです。私は、この「体温を利用して固める」という発想こそが、外科的な負担を減らしつつ確実に患部へアプローチできる、臨床現場において極めて実用的なアイデアであると感じています。
さらに、外側のコラーゲンゲルには内側のビーズを溶かす酵素が含まれており、時間をかけてゆっくりとウイルスが放出される仕組みが整えられています。異なる大きさのビーズを組み合わせることで、数日間にわたって薬を出し続ける調節も可能になるでしょう。培養細胞を用いた実験では、実際に遺伝子が細胞に取り込まれ、正常なたんぱく質が生成されることが確認されており、技術の有効性は極めて高いと言えます。
今後は2019年中にマウスでの試験を行い、2020年にはより人間に近いマーモセットでの実験が予定されています。国内で補聴器を必要とする人々は約600万人にものぼると言われていますが、この技術が確立されれば、老人性難聴や突発性難聴、そして先天性の難聴までもが「治せる病気」になるかもしれません。医療の進歩がもたらす新しい音の世界が、すぐそこまで来ていることを確信させてくれる素晴らしいニュースです。
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