2019年11月22日現在、日本の経済界で最も熱い視線を浴びているのは「現代貨幣理論(MMT)」でしょう。驚くべきことに、600ページにも及ぶ重厚な解説書が発売からわずか2カ月で完売するという、異例のベストセラー現象を巻き起こしています。自国通貨を発行できる政府はデフォルトに陥らないという主張は、長引く低成長に悩む人々にとって、まさに救いの神のように映っているのかもしれません。
SNS上では「増税不要論」を支持する若者を中心に「これこそが真の経済学だ」といった熱狂的な投稿が相次いでいます。しかし、国家に無限の支払い能力があるという前提には、国債価格の暴落や急激な金利上昇といった、市場が抱えるシビアなリスクが反映されていないという懸念も拭えません。2年前にはインフレによって借金を事実上踏み倒せるとした「シムズ理論」が話題となりましたが、こうした理論への傾倒はどこか危うさを秘めています。
この状況を目の当たりにすると、30年ほど前のバブル期に一世を風靡した「Qレシオ」という指標が脳裏をよぎります。Qレシオとは、企業の時価総額を保有資産の価値で割った数値のことです。当時は地価の急騰を背景に「不動産価値が膨らんでいるから、株価収益率(PER)が100倍近くても割高ではない」という株高正当化の論理が横行しました。しかし、不動産神話が崩壊した瞬間に、その理論は砂上の楼閣のごとく瓦解したのです。
見たい現実だけを選ぶネット社会の危うさ
都合のいい理屈ばかりが受け入れられる背景には、自分の考えを肯定する情報だけを集めてしまう「確証バイアス」という心理的陥穑があります。かつて古代ローマの英雄ジュリアス・シーザーは「人間は、自分が見たいと望む現実しか見ていない」との金言を残しました。現代のインターネット社会は、アルゴリズムによって好みの情報が自動的に選別されるため、この傾向に拍車をかけていると言わざるを得ません。
私たちが1日にネットへ費やす時間は平均6.7時間にも達するというデータがあり、その膨大な時間を偏った情報空間で過ごしています。新聞のように多種多様なニュースが目に飛び込んでくる媒体とは異なり、ネットでは不都合な真実を簡単に遮断できてしまいます。しかし、相場の転換点や危機の前兆は、常に自分にとって心地の悪いノイズの中に隠れているものです。
私は、現在のMMTへの熱狂がかつてのバブルを肯定したQレシオの二の舞にならないか、強い危機感を抱いています。株式市場の暴落も悲劇ですが、国家財政の破綻がもたらす社会的ダメージは、その比ではありません。次世代にツケを回さないためにも、私たちは甘い言葉の理論に流されることなく、冷静に現実を直視し続ける強さを持つべきではないでしょうか。
コメント