かつて「東洋の真珠」と謳われた香港が、今や修羅の様相を呈しています。香港の若者たちは、学校の授業でウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』を読み、秩序が崩壊し野生へと戻る子供たちの姿を学びます。しかし、2019年現在の香港市民は、机上の空論ではなく、自分たちの生活を通じて文明の脆さを痛感しているのです。平和だった街角は分断され、日常の風景は暴力によって塗り替えられてしまいました。
事態が決定的な局面を迎えたのは、2019年11月8日に初めて抗議活動に関連する死者が出た時でした。直後の2019年11月11日には、警察官がデモ参加者に実弾を発砲する衝撃的な映像が世界を駆け巡っています。さらに、意見の対立から男性が可燃性の液体を浴びせられ、火を放たれるという凄惨な事件まで発生しました。民主化を掲げる高潔な戦いの裏側で、制御不能な怒りが渦巻いているのです。
特に懸念されるのは、デモ隊による「私刑」の横行です。北京語を話しているというだけで、中国本土のスパイと疑われ、集団で暴行を受ける事案が相次いでいます。こうした不都合な真実は、海外メディアで大きく報じられることは稀であり、デモ隊側も自らの過ちを認めることはほとんどありません。正義を旗印に掲げるからこそ、自分たちの内側にある闇から目を逸らしてしまっているように見受けられます。
SNS上では、この混沌とした状況に対して「言葉を失う」「これが本当に現代の香港なのか」といった悲痛な声が溢れています。一方で、過激な行動を容認する空気も確実に広がっています。2019年6月時点では、平和的な抗議を支持する声が65%に達していましたが、2019年10月中旬には46%まで急落しました。目的のためなら手段を選ばないという危険な思想が、一般市民の心にまで浸透しつつあるのです。
警察組織の変貌も深刻です。「誇りと気遣い」を掲げ、アジア屈指の精鋭とされた香港警察は、今や市民を「ゴキブリ」と呼び、逆に市民からは「犬」と蔑まれています。世論調査によれば、警察を全く信頼しない市民の割合は、騒乱前の6.5%から52%へと跳ね上がりました。法を守るべき立場でありながら、政権寄りの暴徒には甘く、反対派には容赦ない暴力を振るう姿は、法の支配の終焉を予感させます。
ここには、現代社会特有の「エコーチェンバー現象」が影を落としています。これは、SNSなどで自分と同じ意見ばかりに触れることで、自身の考えが過剰に正当化され、他者の意見が一切届かなくなる閉鎖的な状況を指します。敵意を増幅させるこの仕組みが、警察と市民の溝を修復不可能なほどに深めてしまいました。一度壊れた社会の信頼関係を取り戻すには、おそらく数十年単位の時間が必要になるでしょう。
国連が示す豊かさの指標「人間開発指数(HDI)」で世界第7位を誇る香港でさえ、これほど容易に理性が崩壊する事実に、私は戦慄を禁じ得ません。文明とは、私たちが思う以上に薄氷の上に成り立つものなのです。香港の悲劇は決して遠い国の出来事ではなく、デジタル社会に生きる私たち全員への警鐘といえるでしょう。正義の名の元に暴力を是認したとき、真の自由は指の間から零れ落ちていくのです。
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