日本の金融市場に、静かな、しかし無視できない変化の波が押し寄せています。2019年11月19日現在、国内債券市場では秋口まで低迷していた長期金利が上昇に転じており、これが日本銀行の舵取りを非常に困難なものにしているのです。
金利上昇の背景には、米中貿易協議の進展を期待した「リスクオン(投資家がリスクを取って利益を狙う姿勢)」の動きがあります。これにより欧米の国債が売られて金利が上がり、日銀による追加緩和の期待も後退しました。一見、景気回復の兆しにも見えますが、内実には深刻な懸念が隠されています。
インフレ期待の欠如が招く「実質金利」の罠
今、最も警戒すべきは「インフレ期待(人々の予想物価上昇率)」が伴わないまま金利だけが上がっている点です。通常、景気が良くなれば物価が上がると予想され、それに伴って金利も上昇しますが、現在の日本はそのバランスが大きく崩れています。
ここで重要になるのが「実質金利」という考え方です。これは、私たちが目にする「名目金利」から「予想物価上昇率」を差し引いた、本当の意味での金利負担を指します。計算式で表すと「実質金利 = 名目金利 - 予想物価上昇率」となります。
日銀の狙いは、この実質金利を低く抑えることで企業がお金を借りやすくし、経済を活性化させることにありました。しかし2019年11月現在、名目金利の上昇に対して物価上昇への期待が追いついていないため、引き算の結果である実質金利がじわりと上昇してしまっています。
実際に、市場のインフレ期待を映し出す「ブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)」の動きは極めて鈍い状態です。2019年9月の消費者物価指数も0.3%の伸びに留まっており、SNS上でも「物価が上がる実感が全くないのに、金利上昇の足音だけが聞こえるのは不安」といった声が散見されます。
日銀の異次元緩和、効果薄れる懸念も
2019年11月に一時、実質金利はマイナス0.2%程度まで上昇しました。これは2013年4月の異次元緩和開始後で最も高い水準に匹敵します。緩和的な環境は維持されているものの、その「効き目」が弱まっていることは否定できません。
実質金利の上昇は、私たちの生活に直結する為替にも影響を与えます。日米の実質金利差が縮まれば、投資家はより有利な運用先を求めて円を買うため、円高・ドル安が進みやすくなります。これが輸出企業の業績を圧迫すれば、日本経済への逆風となるでしょう。
私は、このインフレ期待の低迷を楽観視すべきではないと考えます。日銀は「予想物価上昇率は横ばい」と評価していますが、国民の間に「物価は上がらない」というデフレマインドが根強く残っている以上、今の金利上昇はただの「コスト増」になりかねません。
もしこのまま実質金利の上昇が止まらなければ、日銀は再び追加緩和という難しい決断を迫られることになるでしょう。市場の顔色をうかがいつつ、いかにして人々の「物価観」を変えていくのか。中央銀行の真価が問われる、正念場の冬がやってきそうです。
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