【Bリーグ】川崎の至宝ニック・ファジーカスが誓う「母国・日本」への恩返し!東京五輪に向けた熱き覚悟とは

2019年12月3日、川崎ブレイブサンダースのファンのみならず、日本中のバスケットボールファンが彼の言葉に胸を熱くしています。その主役は、昨年4月に日本国籍を取得したニック・ファジーカス選手です。彼は愛する子供たちに「海渡」や「希子」といった日本にちなんだミドルネームを贈りました。いまや日本を「第2の故郷」と公言する彼ですが、その道のりは決して平坦なものではなかったようです。

アメリカのコロラド州で育ったニック選手は、中学3年生の時に半年間で身長が24センチメートルも伸びるという驚異的な成長を遂げました。高校時代には毎試合30得点を叩き出し、ネバダ大学では全米大学体育協会(NCAA)が主催する全米トーナメントで大活躍を披露します。名門ダラス・マーベリックスからドラフト指名を受けた彼を待っていたのは、バスケ界最高峰であるNBAという巨大な壁でした。

NBAでの出場機会はわずか26試合に留まり、その後の欧州リーグでは給与未払いという過酷な現実にも直面したそうです。怪我に苦しみ、一時は現役引退さえも頭をよぎる中で、運命の糸が彼を日本へと導きました。2012年、東芝(現在の川崎ブレイブサンダース)からのオファーを受けたニック選手は、27歳という若さで「海を渡る」決断を下したのです。

日本に到着した際、成田空港から川崎へ向かう車中で通訳からかけられた励ましの言葉に、彼は強い高揚感を感じたといいます。チームメイトである篠山竜青選手らと共に4年間で2度のリーグ優勝を経験する中で、帰化という選択肢は彼にとって極めて自然な流れとなりました。SNSでは「ニックの帰化が日本バスケを変えた」という感動の声が溢れていますが、まさに歴史が動いた瞬間でした。

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絶望から救った救世主!東京五輪への道を切り拓く

「ニコラス・ライアン・ファジーカス」の名が官報に載った当時、日本代表はワールドカップアジア予選で4連敗という絶望的な状況にありました。次戦の格上オーストラリアに敗れれば、2020年の東京五輪出場は夢と消える崖っぷちです。そんな重苦しい空気の中、ニック選手は「今までの代表には僕がいなかった」と仲間を鼓舞し、圧倒的な自信を見せつけたのです。

2018年6月に開催されたその運命の一戦で、彼は25得点を挙げ、八村塁選手と共に歴史的な大金星を日本にもたらしました。続くワールドカップ本戦でも、強豪を相手に1試合31得点を記録するなど、「どのレベルでも得点できる」という信念を証明し続けています。SNS上では「彼こそが真のヒーローだ」という称賛の嵐が巻き起こり、ファンの期待は最高潮に達しています。

オリンピックに出場できる帰化枠は、1チームに1人という厳しいルールが存在します。他の選手の帰化の噂も聞こえてきますが、ニック選手は「五輪は僕が連れて行ったステージだ」と揺るぎないプライドを隠しません。もしその座を狙う者がいるならば受けて立つという、エースとしての気概に満ち溢れています。彼が日本代表を背負い、再び世界を驚かせる夏がすぐそこまで来ています。

個人的には、彼の技術もさることながら、苦境に立たされたチームを鼓舞する精神力こそが最大の武器だと感じます。環境の変化や逆境を力に変えてきた彼だからこそ、日本のバスケットボールに新しい風を吹き込めたのでしょう。2020年の夏、彼が夢見た「最高の景色」を日本のファンと共に分かち合えることを、心から願ってやみません。

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