東京駅・日銀の生みの親「辰野金吾」に学ぶ!震災を耐え抜いた赤れんが建築の不屈な精神と耐震技術の真髄

日本の近代建築を語る上で欠かすことのできない人物といえば、東京駅の赤れんが駅舎や日本銀行本店本館を手がけた巨匠、辰野金吾です。2019年12月04日現在、彼の没後100年を記念した特別展が東京都内の日銀貨幣博物館で開催されています。多くの人々が足を運ぶこの展示会では、彼が単なるデザイナーではなく、地震大国・日本において「耐震建築の先駆者」であった意外な素顔が浮き彫りになっています。

辰野金吾が若き日に視察先として選んだのは、イタリアのナポリ湾に浮かぶ火山島、イスキア島でした。当時の彼は、現地の石造建築やボルトで結合された構造を克明にスケッチし、詳細な調査を行っています。しかし、その記録からは現地の工法に対する厳しい視線も読み取れます。地震への備えが十分であるかという疑問を抱きながら、自らの設計思想を磨き上げていったプロセスには、プロフェッショナルとしての凄みが感じられるでしょう。

1896年03月26日に竣工した日本銀行本館には、こうした地道な研究成果が惜しみなく投入されました。当時は非常に珍しかったコンクリート製の土台を採用し、上部構造には石積みに加えてレンガを使用することで建物の軽量化を図っています。こうした最先端の知恵と工夫が結集したからこそ、後年の未曾有の災害においても、その威風堂々とした姿を保ち続けることができたのです。

SNS上では「東京駅があれほど美しいのは、強固な信念に基づいた構造美があるからだ」といった感動の声が上がっています。また、関東大震災の発生からわずか2日後の月曜日には窓口営業を再開したというエピソードに対し、「建物の強さが経済の復興を支えた」と驚きを隠せないユーザーも少なくありません。倒壊を免れた重厚な建物は、当時の人々にとって明日を生きるための心の支えになったに違いありません。

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現代の日本銀行に求められる「不屈の土台」と新たな知恵

翻って現代の日本銀行に目を向けると、歴史ある本館の佇まいとは対照的に、どこか不安定な波に揉まれているような印象を受けます。企業投資を促すために打ち出された「マイナス金利」という異例の政策は、本来は経済を活性化させるための劇薬でした。しかし、これが長引くことで民間銀行の収益を圧迫するという副作用も深刻化しており、まさに足元の土台が揺らいでいる状況と言えるのではないでしょうか。

専門用語として登場する「マイナス金利」とは、民間銀行が日本銀行に預けるお金の一部に手数料を課す仕組みを指します。通常ならつくはずの利息が逆転するこの奇策は、市場に資金を流す狙いがありますが、その舵取りは極めて困難です。建物が免震工事によって地震の揺れを逃がすように、複雑化する金融システムにおいても、衝撃を和らげつつ成長を促すための柔軟かつ強固な知恵が求められています。

2019年06月には日本銀行本館の免震工事が無事に完了しました。物理的な補強が整った今、私たちが期待するのは、辰野金吾がイスキア島で示したような徹底した現状分析と情熱です。困難な状況でもどっしりと構え、国民に安心感を与える存在であってほしいと願わずにはいられません。先人が築いた不屈の精神を受け継ぎ、次世代へと続く安定した金融の枠組みを構築していくべき時期に来ています。

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