2019年12月12日に投開票が行われたイギリス総選挙において、ボリス・ジョンソン首相率いる保守党が圧倒的な勝利を収めました。この歴史的な結果により、イギリス政治を長らく停滞させていた不透明感はひとまず解消され、2020年1月31日の欧州連合(EU)離脱実現に向けて確かな道筋が見えてきたといえます。
しかし、元駐英大使であり外務次官も務めた野上義二氏は、真の課題は離脱のその先にこそ存在すると鋭く指摘しています。首相は選挙戦で「離脱後の移行期間を2020年末以降は延長しない」と公約に掲げましたが、実際にはこの交渉を完了させるには相当な時間が必要となるでしょう。
ここで注目すべきは「移行期間」という言葉です。これは、イギリスがEUを抜けた後も、貿易ルールや関税などの混乱を避けるために、一時的にこれまでと同じルールを適用する猶予を指します。野上氏はこの期間の長期化が避けられないという現実的な予測を立てています。
「スーパー・カナダ・プラス」が目指す理想と現実の壁
ジョンソン首相が構想しているのは、EUとカナダが結んだ自由貿易協定(FTA)をベースに、金融などのサービス分野も盛り込んだ「スーパー・カナダ・プラス」と呼ばれる包括的な枠組みです。しかし、このサービス分野での合意こそが、交渉を最も難しくさせる要因となるでしょう。
サービス分野を自由化するためには、お互いの規制をすり合わせる「規則の整合性」が厳しく問われるからです。EU側は、イギリスが独自に規制を緩和して「テムズ川のシンガポール」のような低税率・低規制の競争相手になることを非常に警戒しており、公平な条件を求めています。
SNS上では、ようやく出口が見えたことへの安堵の声が広がる一方で、「これだけの大勝を収めたのだから、首相は公約に縛られすぎず、むしろ柔軟に移行期間を延ばすべきだ」という冷静な意見も目立ちます。保守党が安定多数を得たことは、党内強硬派の反発を抑える力にもなるはずです。
トランプ政権との交渉とイギリスの誇るソフトパワー
アメリカとの貿易交渉も一筋縄ではいきません。トランプ大統領は早期のFTA締結に意欲を示していますが、交渉のテーブルには国民医療制度(NHS)における薬価や、遺伝子組み換え食品の基準といった、イギリス国民が到底受け入れられないデリケートな問題が並ぶと予測されます。
それでも野上氏は、イギリスの長期的な底力については非常に楽観的です。ビートルズやクイーンを生んだ圧倒的なポップカルチャー、世界共通語である英語の強み、そして先端デザインや教育環境。これら「ソフトパワー」こそが、EUを離れた後もイギリスの価値を支え続ける武器になります。
編集者の視点から見ても、世界中を熱狂させるエンターテインメントを生み出すこの国の「文化的な磁力」は、政治的な枠組みを超えた資産です。金融センターであるシティに欧州の若者が集まり続ける現状を見ても、そのブランド力は離脱後も容易には揺るがないのではないでしょうか。
日本企業への影響と今後の日英関係の展望
日本にとっての関心事は、やはり経済と安全保障への影響でしょう。野上氏は、日英がこれまで築いてきた緊密な関係は、EU離脱後もさらに深まると見ています。特に次期戦闘機の共同開発といった高度な技術協力は、両国のパートナーシップを象徴する重要なプロジェクトとなります。
もしイギリスとEUの交渉が現在の関係に近い形で着地すれば、ビジネス上の不安定要素は一掃されます。そうなれば、日本企業にとってイギリスが「欧州への玄関口」であるというポジションは、将来にわたって維持される可能性が極めて高いと考えられます。
野上氏のような外交の重鎮が、離脱という激動の中でもイギリスの底力を信じている点は、日本社会にとっても非常に心強いメッセージです。世界が固唾をのんで見守る中、ジョンソン首相がどのようにこの「多難な道」を舵取りしていくのか、2020年の動向から目が離せません。
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