推理小説界の巨匠として知られる横溝正史氏が、かつて雑誌の紙面を賑わせながらも、単行本化されずに眠っていた貴重な捕物帳の数々が、ついに日の目を見ることになりました。2019年9月に刊行が開始されたこのプロジェクトは、捕物出版という専門出版社の情熱によって実現し、このほど全3冊の作品集として完結を迎えたのです。
今回出版されたのは「朝顔金太捕物帳」「左門捕物帳・鷺十郎捕物帳」「不知火捕物双紙」の3タイトルで、合計40編もの物語が収録されています。捕物帳とは、江戸時代の与力や同心たちが町中で起こる難事件を鮮やかに解決していく、現代の刑事ドラマの先駆けともいえる娯楽小説のジャンルを指します。
横溝氏といえば、おどろおどろしい「金田一耕助」シリーズの印象が強いかもしれませんが、実は生涯で14もの捕物帳シリーズを手掛けていました。代表作である「人形佐七」以外は、これまで各社が断片的に紹介するにとどまっていましたが、今回の全集化によって、ようやく彼の捕物帳の全貌を網羅的に楽しむ環境が整ったといえるでしょう。
ネット上でもこのニュースは大きな話題を呼んでおり、SNSでは「金田一のイメージを覆す明るい作風に驚いた」といった声や、「今まで読みたくても読めなかった幻の作品が手に入るなんて夢のようだ」という熱烈なファンからの感動のコメントが相次いで投稿されています。
戦時下に輝いた「明朗」な筆致と文芸的価値
特に注目すべきは、1944年から1945年にかけて発表された「朝顔金太」という作品です。当時の日本は太平洋戦争の真っ只中にあり、表現活動においても退廃的な描写や過激な表現が厳しく制限されていました。そのような時代背景の中で、横溝氏はあえて品行方正で明るい主人公を描くことで、読者に希望を与える明朗な作風を貫いたのです。
文芸評論家の縄田一男氏は、今回の3冊を「ファンにとって垂涎の的」と評しており、その希少性を強調しています。不気味でシリアスな横溝ワールドとは対照的な、カラッとした江戸の情緒を感じさせる物語は、作家としての多才な一面を再発見させてくれるに違いありません。
私は、こうした「未収録作品」の掘り起こしこそ、文化の継承において最も重要な活動だと確信しています。代表作の陰に隠れてしまった良質なエンターテインメントに光を当てることで、作家が時代に合わせてどのように筆を振るったのか、その苦悩と工夫の跡を現代の私たちが直接受け取ることができるからです。
本作は名作「人形佐七」のルーツを探る資料としても一級品であり、2019年12月21日現在の文学界における大きな収穫といえます。横溝正史という作家が持つ底知れない引き出しの多さを、ぜひこの機会に体験してみてはいかがでしょうか。単なるミステリーの枠を超えた、日本文学の豊かさを感じられるはずです。
コメント