TDK澤部肇氏、25年の節目で勇退を決意。デジタル変革の荒波と「後継者選び」という最後の使命

2019年12月26日、日本を代表する電子部品メーカー・TDKの元会長、澤部肇氏が自身の歩みを振り返りました。2005年3月、記録メディア事業からの撤退を検討する経営会議において、澤部氏は一つの転換点を迎えます。それは、自身がかつて心血を注いで立ち上げたルクセンブルク工場の閉鎖を巡る議論でした。

コスト面を考慮すればハンガリーへの機能移管が合理的であるにもかかわらず、役員たちからは澤部氏の個人的な思い入れを「忖度(そんたく)」する意見が出されたのです。忖度とは、相手の心情を推し量り、それに見合った振る舞いをすることを指します。経営において情念は時に、冷徹な論理を曇らせる原因となってしまうのでしょう。

かつて、パナソニックの谷井昭雄氏から授かった「社長は自分と同じ意見を持つ者ばかりを評価してしまう」という言葉が、澤部氏の脳裏をよぎりました。自身の存在が、優秀な役員たちの経営判断を鈍らせているのではないか。その懸念は、長くトップの座に君臨することの危うさを物語っており、一刻も早い世代交代の必要性を突きつけたのです。

SNS上では「組織が長くなるとトップへの忖度が始まるのは世の常。それを自覚して身を引くのは真のリーダーだ」といった、その潔さを称賛する声が多く寄せられています。デジタル化という巨大な波が押し寄せるなか、ネットワーク社会の変化はあまりに速く、澤部氏は自身の知恵が限界に達していることを痛感していました。

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技術者へのバトンタッチと「最後の教育」

文系出身の経営者として旗を振ってきた澤部氏でしたが、具体的な技術革新をリードするには限界を感じていたようです。そこで彼は、机の引き出しに忍ばせていた後継者候補のメモを頼りに、次世代への継承を本格化させます。選ばれたのは、主力事業で手腕を振るっていた若き技術者、上釜健宏氏ただ一人でした。

2006年の春、澤部氏は前任の佐藤博氏に対し、同年6月をもって退任する意思を固く伝えます。すると、普段は実直で無愛想な佐藤氏が、深々とお辞儀をして「あなたも(良い後継者を)選んだのでしょうね」と問いかけました。これは、社長の職務とは在任中の業績だけでなく、次代へ繋いでこそ完結するという「最後の教育」でした。

経営をリレーのバトンに例える佐藤氏の教えは、企業の持続可能性において何よりも重要です。澤部氏は、自身の苦労を次代に繰り返させまいと、引き出しに眠っていた佐藤氏からの助言を今改めて読み返しています。そこには、時代が変わっても揺るがない、経営の本質が記されていたのではないでしょうか。

組織の硬直化を防ぎ、変化に適応するためには、自らの引き際を冷静に見極める勇気が必要です。澤部氏の決断は、今の不安定な時代を生きるリーダーたちにとって、一つの指針となるに違いありません。経営の論理を優先し、未来を若手に託すという姿勢こそが、企業をさらなる高みへと導く鍵となるのです。

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