家族のカタチ、命の選択――多様化する現代社会で私たちが向き合う「愛の責任」とは

1964年の東京五輪から半世紀以上が経過し、私たちの社会は劇的な変化を遂げました。かつては「当たり前」とされていた家族の定義や命のあり方が、今、大きな転換期を迎えています。2019年12月30日現在、個人の価値観が尊重される一方で、自らの責任で道を選び取る「自由の重み」に直面する人々がいます。

神戸市に住む飯田美晴さん(仮名)は、11年前の冬、お腹の赤ちゃんの脳に異常がある可能性を告げられました。中絶が法律で認められる妊娠22週未満まで、残された猶予はわずか8日。医療の進歩により「出生前診断」の精度が向上した現代では、親は命の選別の是非という、あまりに過酷な問いを突きつけられることがあります。

SNS上ではこの問題に対し、「親の苦悩を誰が責められるのか」という共感の声と、「命の選別につながるのではないか」という危惧が入り混じっています。美晴さんは悩み抜いた末に中絶を選択しましたが、日記には今も「正しかったのか分からない」という葛藤が綴られています。

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優生思想の歴史と、現代に求められる命への視点

かつての日本では、特定の障害を持つ人などの子孫を残さないようにする「優生思想(ゆうせいしそう)」が公然と語られていました。1960年代には自治体が費用を補助してまで検査を推奨した歴史もありましたが、1996年の優生保護法廃止を経て、現在は個人の意思が尊重される時代へとシフトしています。

しかし、新型出生前診断(NIPT)の普及により、2013年からの数年間で7万人以上が受診した事実は、私たちが常に「命のあり方」を問われ続けていることを示しています。医療が進化し、選択肢が増えることは恩恵であるはずですが、それは同時に、親が一生背負い続ける「決断の重圧」を増大させているとも言えるでしょう。

同性婚と新しい家族の姿。認められない法的ハードルを越えて

家族のかたちが揺れ動いているのは、命の現場だけではありません。東京都内でパートナーの真里江さん(仮名)、その実子の大輝くん(仮名)と暮らす弁護士の鈴木若菜さん(仮名)は、女性同士のカップルとして「家族」を築いています。現在の日本では、法律上の「同性婚」はまだ認められておらず、彼女たちは法的には別世帯です。

世界に目を向ければ、1993年にWHOが同性愛を疾患のリストから除外し、2015年にはアメリカの最高裁が同性婚を認める判決を下すなど、大きな潮流が生まれています。日本国内でも2015年11月から渋谷区などで「パートナーシップ証明制度」が始まり、自治体レベルでの承認は着実に広がっています。

大輝くんの保育園では「ママが2人いる」状況が自然に受け入れられており、周囲の理解も進んでいるようです。しかし、若菜さんの両親がいまだにこの関係を「恥ずかしい」と拒絶するなど、親族間の深い溝は残されたままです。ネット上では「本人が幸せならそれでいい」という応援の一方で、伝統的な家族観を重んじる層との断絶も浮き彫りになっています。

私たちが生きる今の時代は、画一的な正解が失われた時代です。だからこそ、他人の選択を否定するのではなく、多様な愛の形や苦渋の決断を包摂できる社会を築く必要があるのではないでしょうか。手探りの選択を続ける人々を孤立させない優しさが、これからの日本には必要だと強く感じます。

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