スポーツの祭典である東京オリンピック・パラリンピックの開催が迫り、準備は最終局面を迎えています。華やかな表舞台の裏で、大会の安全を支える「黒子」たちの存在をご存じでしょうか。特に夏の厳しい気候が予想される今大会において、競技の進行や人々の健康を左右する「気象予測」の重要性がかつてないほど高まっています。
2019年夏に埼玉県川越市の霞ケ関カンツリー倶楽部で行われたゴルフのテストイベントでは、緊迫した場面がありました。大会組織委員会の気象情報担当部長である西潟政宣氏が、低い雲の広がりから「1時間以内の落雷」を予見し、運営に中断を促したのです。避難が完了した直後に激しい雷鳴が響き渡り、的確な予測が周囲を驚かせました。
この神がかった先読みの精度に対し、SNSでは「裏方のプロフェッショナル格好よすぎる」「選手の安全はこういう人に守られているんだね」といった称賛の声が相次いでいます。最先端のシステムに頼るだけでなく、西潟氏が実践する「現場主義」こそが、予測の精度を極限まで高めているのでしょう。
ゲリラ豪雨や猛暑に立ち向かう43会場の予測ネットワーク
オリンピックが開催される2020年7月24日から2020年8月9日の期間は、日本の夏でも特に暑さが厳しい季節です。2019年の同期間を振り返ると、東京都内の最高気温は31.4度から35.6度に達し、17日間のうち6日が35度を超える猛暑日を記録しました。さらに近年多発するゲリラ豪雨や台風の脅威も潜んでいます。
こうしたリスクに対応するため、組織委員会は大会中に「気象情報センター」を設置する方針です。全43会場の天気や風速などを1時間ごとに細かく配信し、競技の可否判断だけでなく熱中症対策にも役立てます。コンピューターが大量のデータを弾き出す時代ですが、現地の空気を感じることで初めて見えてくるリスクもあるはずです。
例えば臨海部のカヌー会場では、防風林の隙間から陸風が強く吹き抜ける現象を西潟氏が現地調査で突き止めました。データに現れない局所的な風の動きを把握することが、本番での確実な予測につながります。このように現場の緻密な観察眼とデジタル技術が融合して初めて、信頼性の高い防災情報が生まれるのです。
札幌への急な会場変更にも屈しない民間プロの執念
一方で、民間企業も独自の技術でアスリートを強力にバックアップしています。ウェザーニューズ社の「スポーツ気象チーム」は、ラグビーやセーリングなどのチームに詳細な気候データを提供中であり、わずか5度の気温差が勝敗を分けるスポーツの世界において、彼らの情報は勝利への必須条件と言えます。
チームを率いる浅田佳津雄氏が特に情熱を注いできたのがマラソンでした。3年前から東京都心のビル風や日陰の配置を調べ上げていましたが、2019年10月に国際オリンピック委員会(IOC)の決定で、会場が突如として札幌市へ変更される事態に見舞われます。それまでの努力が白紙に戻る逆境でした。
しかし、浅田氏は絶望することなく、即座に札幌の過去20年分のデータを分析し始めました。春の雪解けを待って現地入りする予定とのことで、そのプロ根性には頭が下がります。こうした予期せぬトラブルにも瞬時に適応する柔軟性と執念こそが、日本のスポーツビジネスを世界トップレベルに押し上げている理由だと感じます。
観客を熱中症から救う!街なかの「ひと涼みスポット」
競技会場の外でも、一般の観客を救うための心強い取り組みが進んでいます。環境省のデータによると、2019年夏の大会期間中、熱中症リスクを示す「暑さ指数(WBGT)」が外出を控えるべき31度以上になった日は14日間に及びました。暑さ指数とは、気温や湿度、輻射熱を総合的に取り入れた熱中症予防の指標です。
この危機に立ち向かうのが、多摩美術大学の堀内正弘教授です。2019年11月にもボクシング会場周辺を歩き回り、無料で休憩できる日陰や庭園といった「ひと涼みスポット」を地図に書き留めていました。2016年から地道に続けてきたこの活動は環境省にも認められ、ネット上で公開された場所は都内約600カ所に広がっています。
川沿いを歩いたときに感じる心地よいそよ風など、数値化できない涼しさは歩いてみないと分かりません。こうした「おもてなし」の精神が詰まったマップは、観客にとって命綱になるでしょう。五輪という大きな節目を機に、こうした防災の知恵が大会後も全国の街づくりに継承されていくことを切に願います。
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