野鳥の病院が繋ぐ命のバトン!47年で6000羽を大空へ帰した獣医師の奇跡と野生復帰へのリアルな挑戦

都会の喧騒のなかで、傷ついた野生の鳥たちにそっと手を差し伸べる温かい場所があります。堺市で動物病院を開業して47年になる獣医師の中津進さんは、ペットの診療を行う傍らで「野鳥の病院」として活動を続けてきました。これまでに大空へと返した野鳥の数は、なんと6000羽以上にも上ります。SNS上では「これほど多くの命を救ってきたなんて頭が下がります」「人間が原因のケガを治療してくれるのは本当にありがたい」といった、中津さんの献身的な姿勢に対する感動と感謝の声が数多く寄せられている状況です。

中津さんと鳥たちの出会いは、小学4年生のときに親に買ってもらった小さなジュウシマツでした。大学時代には部屋の天井に届くほどのリンゴ箱をケージにして、ブンチョウやセキセイインコと暮らすほど鳥中心の生活を送ってきたそうです。当時の大学の講義ではニワトリに関するものしかなく、野生の鳥を治療するための手本はありませんでした。そのため、中津さんは身近にいる鳥たちを観察しながら、快適な温度が28度から30度であることや、幼鳥の餌は親鳥の体温に近い40度が最適であることなどを独学で学んでいったのです。

病院を開業すると「野鳥を救ってほしい」という相談が殺到するようになりました。しかし、中津さんはすべての鳥を無条件に受け入れるわけではありません。自然界の食物連鎖をむやみに乱さないよう、基本的には交通事故など人間の活動が原因で傷ついた鳥の救護に限定しています。親切心から傷ついた鳥を手のひらで包んで運んでくる人もいますが、実は人間の体温が鳥の熱を奪ってしまうため逆効果になります。運ぶ際は、身近な菓子箱などに入れて保温することが何よりも大切だということです。

また、小学生が通学途中に見つけたヒナを持ち込むケースも多いですが、近くに親鳥がいることも多く、安易な保護が子育ての邪魔になることもあるため見極めが不可欠です。野鳥の治療には「愛玩鳥(あいがんちょう:ペットとして飼育される鳥のこと)」とは異なる特別な技術が必要となります。野鳥は羽毛の層が厚いため、注射の際は毛をかき分けて薄い皮膚に針を通さなければなりません。小さな脚の骨折では、関節が動くように羽毛を接着剤で固定する工夫など、看護師との二人三脚で治療が進められています。

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重油汚染の悲劇を教訓に!未来へ引き継がれる救護の技術と野生復帰の厳しさ

中津さんの活動の大きな転機となったのが、1997年1月2日に発生したロシア船籍のタンカー「ナホトカ号」による重油流出事故でした。日本海を汚染した重油まみれの水鳥を救うため現地へ駆けつけましたが、多くの獣医師が協力しても救えたのは1315羽のうちわずか108羽という厳しい現実を突きつけられます。この悲劇を教訓として、中津さんはボランティアの育成に全力を注いできました。その結果、現在では約700人もの人々が水鳥を救出する高度な技術を身につけ、万が一の事態に備えています。

さらに、年に6〜7回ほど開催している実践的な講習会には、獣医師だけでなく多くの鳥好きも参加しています。これまでに6年間で120人の「リハビリテーター(野生動物の復帰を支援する専門員)」を輩出してきました。しかし、治療を終えた鳥たちの野生復帰は決して容易ではありません。先日も、修了生がリハビリを担当したチョウゲンボウに発信器をつけて放鳥したところ、都会のビルの合間をうまく飛べず、9日目には体重が63%に激減して衰弱しているところを回収するという事例が報告されました。

人間の手で自然に戻した鳥が、その後も無事に生きていける保証はどこにもありません。中津さんは「自分の活動はエゴかもしれない」と葛藤しつつも、救える技術がある限り命を助け続ける強い意志を持っています。筆者は、傷ついた命を見捨てずに技術を未来へ繋ごうとする中津さんの行動こそが、人間が自然に対して果たすべき責任の形であると考えます。野生動物との共生を真剣に考える時期が来ているのではないでしょうか。

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