マクドナルドとマスク行列の30年、時代の空気と私たちが守るべき倫理

1992年の夏、旧ソ連時代のモスクワに米ファストフードの象徴であるマクドナルドが誕生して以来、今年でちょうど30年という節目を迎えました。当時、現地を訪れた私は、入り口さえ見失うほどの長蛇の列に圧倒されたことを今も鮮明に覚えています。行列の周囲には、単なる食事への渇望だけでなく、新しい食文化に対する高揚感や、冷戦という重いカーテンが開かれたような解放感が漂っていました。並ぶ人々の間には、手数料と引き換えに場所を確保して商品を運ぶ少年たちが駆け回り、社会が変化するエネルギーそのものだったと言えるでしょう。

しかし、現在2020年2月5日の日本で見られる風景は、あの日のモスクワとは対極にあると言わざるを得ません。新型コロナウイルスによる肺炎の流行に伴い、ドラッグストアや量販店には朝早くからマスクを求める人々が並んでいます。その列に満ちているのは、ワクワクするような期待ではなく、切実な不安と緊張感です。入荷の見通しが立たない不安の中で、開店して間もなく売り切れる状況が繰り返されており、この異様な光景には私も心を痛めています。

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危機に際して問われる社会のあり方

この1月中旬からわずか2週間で、実に10億枚ものマスクが出荷されたといいます。これは平時の国内需要を賄う在庫が、一気に市場から消えたことを意味します。この膨大な数のマスクは一体どこへ消えたのでしょうか。その一部は、ネット通販サイトやオークションサイトに転売され、定価の10倍近い価格で取引されるといった事態を招いています。出品者は、端末の向こう側でマスクを求めて並ぶ人々の困窮した姿を想像できなかったのでしょうか。他人の不安に付け込んで暴利を貪る行為は、道徳的に断じて許されるものではありません。

1997年の晩秋、金融危機が懸念された時代に、銀行から預金を引き出そうと押し寄せた顧客の姿を、「外に並ばせるな」と当局が指示したという記録が残されています。列が可視化されることは、無用なパニックや過度な懸念を社会全体に増幅させてしまうからです。現在進行中の新型感染症との闘いは、短期決戦ではなく長丁場になることが予想されます。だからこそ、私たち一人ひとりが冷静に状況を把握し、節度ある行動をとることが、この危機を乗り越える鍵となるはずです。

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