【私の履歴書】TDK元会長・澤部肇氏が語る「仕事人間の肖像」と、50年を経て気づいた家族の深い愛

日本の電子部品産業を牽引したTDKの元会長、澤部肇氏が2019年12月30日、自身の半生を振り返る中で語った家族への想いが、多くの読者の胸を打っています。長年、仕事に心血を注ぎ「猛烈社員」として駆け抜けてきた澤部氏ですが、その傍らには常に、控えめに、しかし力強く家庭を支え続けた妻・遼子さんの存在がありました。

入社6年目にあたる1969年に結婚してから、お二人は50年という長い歳月を共に歩んでこられました。澤部氏は当時を振り返り、仕事に熱中するあまり家族を顧みることがほとんどなかったと率直に告白しています。周囲からは「奥様のおかげでやってこれたのだ」と諭されることもあったそうで、その言葉の重みを今、改めて噛み締めていらっしゃいます。

澤部氏と遼子さんの出会いは、川崎市にある玉川事業部の磁気テープ工場でした。当時の上司であり、後に澤部氏の恩師となる大歳寛氏(TDK第4代社長)のもとで同僚として働いていたのです。結婚と同時に退社した遼子さんは、我を張ることなく淡々と家庭を守り続けました。まさに「相手に悟らせない気遣い」を実践してきた、家庭の達人といえるでしょう。

スポンサーリンク

欧州の地で届いた娘からの手紙と、不器用な父の素顔

1992年の夏、ルクセンブルクで欧州法人のトップを務めていた澤部氏のもとを、次女が訪ねてきました。共にスイスやフランスを旅し、ブランドバッグを贈った際、後日届いた手紙には「うちにも父がいたとうれしく思いました」と記されていたそうです。余裕のない日々の中で、不器用ながらも見せた父親らしい振る舞いが、娘さんの心をどれほど満たしたかが伝わります。

一方で、長女の結婚報告の際には、フィアンセに対して「君の今期の目標は何ですか?」と、まるでお仕事の「人事面談」のような質問を投げかけてしまったという微笑ましいエピソードも明かされています。人事面談とは、会社が従業員のパフォーマンスや目標達成度を評価する対話の場ですが、家族の団らんにまで仕事の癖が出てしまう点に、当時の澤部氏の余裕のなさが伺えます。

現在は孫たちにも囲まれ、賑やかな休日を過ごされている澤部氏ですが、かつては孫のプレゼントをきっかけに引退を意識したこともあったといいます。自分自身の能力以上の重責を担い、走り続けてきた日々。その緊張の糸を解いてくれたのは、いつも「あっけらかん」とした家族の明るさでした。

SNS上では、このエピソードに対し「不器用な昭和の父の姿に涙が出る」「支え続けた奥様が本当に素晴らしい」といった感動の声が寄せられています。一線で戦い続けたビジネスマンが、人生の終盤で見つけた「家族という救い」の物語は、現代を生きる私たちにとっても、大切なものは何かを問い直すきっかけを与えてくれるでしょう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました