「このまま官僚としての道を歩み続けて良いのだろうか」。2017年12月、中国の上海で研修中だった元外交官の西山洸さんは、自身のキャリアについて深く葛藤していました。2014年に外務省へ入省し、アジア大洋州局で勤務していたものの、冷え込む近隣諸国との関係性を前に、自分が本当にやりたいことを見失いかけていたのです。
当時の決断に対し、SNS上では「安定した官僚の地位を捨てるなんて信じられない」「留学費用を全額返還してまで挑戦する熱意が凄すぎる」といった、驚きと称賛の入り混じった大きな反響が寄せられています。西山さんは、アジアの若者と日本を繋ぐ新しい仕組みを作りたいという情熱を抑えきれず、大きなリスクを背負って退職を決意しました。
退職後の資金集めには、インターネットを通じて不特定多数の人から資金を募る「クラウドファンディング」を活用しました。そうして設立されたのが、理想郷を意味する株式会社シャングリラです。西山さんは韓国のソウル市にある共同作業スペース「シェアオフィス」に拠点を構え、若者の深刻な就職難に苦しむ韓国と、人手不足に悩む日本企業を繋ぐ挑戦を始めました。
狙いを定めたのは、特定の専門知識や優れた技術を持つ「高度人材」と呼ばれる優秀な学生たちです。2018年当時は韓国政府の後押しもあり、日本への就職を希望する学生が急増していました。しかし、彼らは日本の就職活動に関する圧倒的な情報不足に直面していたのです。そこで西山さんは、現地の大学生向けに日本の採用市場を解説するセミナーを開催しました。
徹底的なサポートが実を結び、初年度だけで100人近くの韓国人学生を日本企業への就職へと導くことに成功します。しかし、激動のアジア情勢は彼にさらなる試練を与えました。共に会社を立ち上げた仲間の離脱に加え、2019年7月には日本政府による輸出管理の厳格化をきっかけに、日韓関係が戦後最悪とも言われるレベルまで悪化してしまったのです。
韓国国内では日本製品の不買運動が巻き起こり、2019年9月の就職セミナー数は前年の3分の2にまで激減しました。この逆境に対し、SNSでは「政治の波に翻弄されて気の毒だ」「今こそ民間企業の力が試される時」と、多くのエールが送られています。西山さんは諦めず、活動の拠点を北京や台北、さらにはマレーシアやインドへと瞬時に広げていきました。
現在は国境を越えた就職活動だけでなく、日本企業の独特な文化に馴染めず早期退職してしまう若者の定着支援という、新たな課題にも向き合っています。西山さんは「ブームに乗っただけの学生は去りましたが、本当に日本で働きたい熱意ある若者が残っています。一歩ずつ実績を積み重ねていくしかありません」と、前をしっかりと見据えています。
今後は就職支援だけでなく、アジア圏の観光ビジネスへの参入も視野に入れているそうです。新型コロナウイルスの感染拡大という一時的な試練はあるものの、日中韓を行き来する人々の流れそのものが途絶えることはないと確信しています。国家の枠組みを超えた民間交流の活発化が、これまでにない新しい価値やビジネスの需要を生み出すでしょう。
花形の外交官というキャリアを捨てたことに後悔はないかと尋ねると、西山さんは清々しい表情で否定しました。「安定した肩書を積み重ねるよりも、自分の手で社会を変えているという確かな手応えを感じられる仕事に挑戦し続けたい」と語るその瞳には、アジアの未来を切り拓く起業家としての強い覚悟が宿っています。
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