世界中で不安が広がる新型肺炎ですが、その影響はアジアだけに留まらないかもしれません。足元では、この感染症の拡大がアメリカ経済にまで深刻で長期的なダメージを与えるのではないかという、強い警戒論が浮上してきました。投資のプロであるインベスコ・アセット・マネジメントの木下智夫氏も、企業の設備投資や個人消費が想定以上に押し下げられるリスクに警鐘を鳴らしています。
インターネット上やSNSでも「中国の工場が止まればアメリカのサプライチェーンも全滅する」「株価の好調もここまでか」といった、世界的な連鎖を不安視する声が急増している状況です。一時的なショックのはずが、私たちの生活や企業の行動を未来永劫に変えてしまうかもしれない、そんな不気味な足音が聞こえてきます。
経済を蝕み続ける謎の現象「ヒステリシス」とは
木下氏が最も危惧しているのが、経済学で「ヒステリシス(履歴効果)」と呼ばれる現象です。これは、原因となった出来事が過ぎ去った後も、その影響がまるで傷跡のように残り続け、経済の体質を悪化させてしまう仕組みを指します。たとえば、過去のトラウマから企業が投資を怖がり、個人が財布の紐を固く閉ざしたままになってしまうような状態です。
歴史的な典型例としては、1980年代に起きたアメリカ製造業の空洞化が挙げられるでしょう。当時、激しいインフレを抑え込むために米連邦準備理事会(FRB)が実施した高金利政策は、急激なドル高を引き起こしました。これにより輸出競争力を失った企業は、次々とアメリカ国内の生産拠点を縮小していったのです。
驚くべき事実は、1985年9月22日の「プラザ合意」によって国際協調でのドル高是正が進んだ後も、この国内回帰の動きが戻らなかった点にあります。一度狂った歯車は、環境が元に戻っても簡単には修復できないという恐ろしい教訓です。
米中摩擦の傷口に襲いかかる最悪のタイミング
今回の新型肺炎が、なぜ新たな履歴効果の起点になり得るのでしょうか。それは、長引く米中貿易摩擦によってアメリカの経営者たちがただでさえ疲弊し、先行きに慎重になっていたタイミングで、この想定外の事態が直撃したからです。企業の投資意欲はすでに限界を迎えています。
実際にアメリカの設備投資額を見てみると、2019年10〜12月期までの期間において、あのリーマン・ショック以降では初となる「3四半期連続の前期比マイナス」という異常事態を記録しているのです。すでに企業の体力や前向きな姿勢は削られつつあります。
ここから早期に投資マインドが反転しなければ、2、3年先における企業の成長減速は避けられないでしょう。巡り巡って私たちの賃金カットや消費水準の低下を招くという最悪のシナリオも、決して大げさではないと考えます。
編集部EYE:見せかけの好景気に惑わされるな
現在のニューヨーク市場は一見すると底堅く推移しているように見えますが、実体経済の足元には確実にひび割れが生じています。SNSで「目先の株価だけ見て安心するのは危険」という指摘が飛び交っている通り、今回の問題は単なる「一時的な物流の遅れ」で片付けられる規模ではありません。
経営者が恐怖によって投資を凍結し、消費者が自己防衛のために買い物を控えれば、それは一過性の風邪ではなくアメリカ経済の慢性疾患へと発展します。私たちは今、世界経済の主役であるアメリカが「負の歴史」を繰り返すかどうかの、極めて重大な分岐点に立ち会っているのです。今後の動向から一瞬たりとも目が離せません。
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