2019年4月に新日鉄住金から社名変更し、新たなスタートを切った日本製鉄は、統合を繰り返し、規模の拡大によって国内首位の座を維持してきた文字通りの**「鉄の巨人」です。しかし、この記事が報じられた2019年5月29日、この巨人はかつてないほど厳しい変革の荒波にさらされていました。自動車産業の技術革新、特に軽量化**のニーズの高まりを受け、将来的に鉄鋼の需要が非鉄金属や化学素材に侵食されるという危機に直面していたのです。
この危機感を象徴するのが、同年1月に開催された自動車技術の展示会に登場した、当時の新日鉄住金が出展したコンセプトカーです。その車は骨組みの素材をすべて鉄で構成し、加工などを工夫することで「鉄だけでも車は3割軽くできる」というメッセージを打ち出しました。これは、自動車業界で進行するCASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)革命、特に電気自動車(EV)に不可欠な軽量化ニーズへの、鉄の限界に挑む挑戦でした。
米調査会社CARの予測によると、2010年に世界の車体材料の95%を占めていた鉄は、2040年には70%までシェアを低下させる見通しです。特に、汎用的な鋼板に至っては、一気に5%まで落ち込むという衝撃的な数字が示されました。鉄よりも軽量なアルミなどの非鉄金属や、炭素繊維といった化学素材が台頭しており、米GMが発売するピックアップトラックの荷台に、帝人が開発した炭素繊維製の素材が採用され、従来比4割の軽量化を実現するなど、**「脱鉄シフト」**は現実のものとなりつつありました。
鉄の約4倍のアルミや約50倍の炭素繊維は、量産が進めばコスト競争力を増すため、日鉄の製鉄事業売上高の3~4割を占める自動車向け需要が侵食されれば、その打撃は計り知れません。SNS上でも当時、「鉄鋼業界は時代の変化についていけていないのでは」「化学素材の進化は脅威だ」といった、危機感を訴える声が多く見られました。日鉄は活路を見出すため、2018年4月に次世代自動車材料を統括する「自動車材料企画室」を設立し、部門を越えた連携を強化し、究極的には鉄だけで車を5割軽くする技術の提案を目指していました。
コラムニストとしての私見ですが、日本製鉄が直面している課題は、単に素材の軽量化競争だけではありません。1トンあたりの粗鋼が稼ぐ力を示すEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)を比較すると、同社の数値は生産量で下位の韓国ポスコの約1.5倍も下回っており、「稼ぐ力」でも世界に見劣りしていました。その原因は、顧客である自動車メーカーの立場が強い値決め力の弱さや、統合を繰り返した結果、国内に12カ所もの製鉄所を持ち集中生産の効果が得にくい生産効率の課題にあります。
日鉄は、「つくる力と売る力の回復が欠かせない」というシンプルな課題を掲げ、構造改革を迫られていました。世界の鉄鋼市場では中国の宝武鋼鉄集団が時価総額で世界首位に躍り出るなど、海外勢との競争も激化しています。日本製鉄がこの荒波を乗り越え、グローバル市場で再び存在感を示すためには、単なる技術開発だけでなく、自動車メーカーとの旧来の商習慣を見直し、生産効率を高めるための抜本的な改革が不可欠だと言えるでしょう。
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