東京駅から新大阪駅まで、各駅停車の「こだま」に揺られる約4時間は、多くの人にとって少し長く感じられる時間かもしれません。しかし、カメラを手に窓の外を見つめ続けると、そこには1万2千回ものシャッターチャンスが潜んでいます。2008年頃から11年にわたり新幹線の車窓を観察し続けてきた筆者にとって、この空間は決して「旅情に乏しい」場所ではありません。むしろ、一瞬で過ぎ去る景色の中に、企業の遊び心や日本の歴史が凝縮されている宝箱のような場所なのです。
最近では、乗車中にスマートフォンやパソコンに没頭する方が増えていますが、それは非常にもったいないことだと感じます。かつて知人の編集者がこぼした「新幹線は風情がない」という言葉に反論したことが、私の観察人生の始まりでした。SNS上でも「新幹線の窓から見えるあの看板は何?」といった投稿がたびたび話題になりますが、実は新幹線の沿線には、乗客に強烈なメッセージを届けるべく工夫を凝らした、通称「野立て看板」と呼ばれる屋外広告が数多く設置されています。
例えば、名古屋駅を出発して間もなく右手に現れるキリンビール名古屋工場の巨大なタンクは、旅の喉を鳴らす名物スポットと言えるでしょう。また、かつて三河安城駅付近で親しまれたニチバンの工場広告には、「無くしてわかる ありがたさ 親と健康とセロテープ」という心に刺さるキャッチコピーが添えられていました。こうした企業と乗客の無言の対話を探すのも、新幹線という超高速で移動する乗り物ならではの醍醐味であり、日本の産業文化を肌で感じる瞬間です。
一瞬の奇跡!「左富士」と「米原のトトロ」を探す旅
新幹線の車窓における王様といえば、やはり日本一の山、富士山を外すことはできません。通常、東京から西へ向かう下り列車では右側に富士山が見えますが、2019年08月08日現在も鉄道ファンの間で語り継がれているのが「幸せの左富士」です。静岡駅を通過して約2分後、線路の急なカーブによって、本来なら後方に隠れるはずの富士山が左側の窓から一瞬だけ姿を現します。このレアな光景を写真に収めることができた日は、何か良いことが起こるような予感がするものです。
また、滋賀県の米原駅付近には、地元の方々が手作りしたと思われる「米原のトトロ」という愛らしいキャラクターが隠れており、乗客の目を楽しませてくれます。さらに、白地に赤文字の「727 COSMETICS」や、気泡緩衝材メーカー・川上産業による「プチプチプチ……」という不思議な看板も、車窓愛好家にはお馴染みの景色です。こうした個性豊かなアイコンたちは、無機質になりがちな高速移動の風景に、人間味あふれる彩りを添えてくれていると私は考えています。
新幹線のルートには、1964年10月01日の開業に向けた先人たちの苦労も刻まれています。例えば、武蔵小杉付近の大きなカーブは、当時の用地買収の難しさや建設コストを抑えるための知恵から生まれた歴史の証人です。2027年にはリニア中央新幹線の開業も控えていますが、窓からじっくりと景色を味わう文化が廃れることは寂しいものです。たとえスピードが上がったとしても、車窓の向こう側に広がる物語に耳を澄ませる心の余裕を持ち続けたいと、一人の編集者として強く願っています。
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