化学品メーカー大手の日本触媒と三洋化成工業が、2019年6月17日に発表した経営統合計画は、業界に大きな波紋を広げています。日本触媒の五嶋祐治朗社長は日本経済新聞社の取材に対し、この統合によって「次世代電池などの新事業を育成し、100億円の統合効果を生み出す」との力強い意欲を表明しました。両社の技術の相乗効果を最大限に活用し、現状の主力事業であるおむつ原料(高吸水性ポリマー)の次に続く、新たな収益の柱となる製品開発を急ぐ構えです。
両社は2020年10月に設立される持ち株会社の完全子会社として再出発します。この統合は、間接部門の効率化や原料の相互利用といったコスト削減だけでなく、長年の課題であった新事業の創出を劇的に加速させる狙いがある、と五嶋社長は強調されました。統合から数年以内に、利益面で100億円という大きな経済的メリットを引き出すことを目指しているとのことです。
統合によって特に力を入れていくのが、「全樹脂電池」と呼ばれる次世代型蓄電池の開発です。これは、その名の通り電極を含む構成要素のほとんど全てに金属ではなく樹脂を用いた画期的なバッテリーです。金属を使用しないため、発火のリスクが極めて低いという、安全性において大きなメリットがあります。三洋化成は既に、慶応大学発のスタートアップと共同で開発を進めており、小さく切断したり、柔軟に曲げたりしても使用できる特性から、ウエアラブル端末などの分野での利用に大きな期待が寄せられています。
日本触媒は、リチウムイオン電池の主要材料の一つである、電気を通す電解質という材料の開発を積極的に進めており、2020年までに量産体制に入る計画です。この日本触媒の技術と、三洋化成が開発を進める全樹脂電池を組み合わせることで、実用化までの期間を大幅に短縮できると見られています。三洋化成の安藤孝夫社長は、「両社の技術者と研究ノウハウを融合させれば、単独では10年~20年はかかると予測される実用化までの時間を、一気に短くすることが可能になる」と、その効果に自信を覗かせました。
化学品と一線を画す分野として、化粧品領域でのシナジー効果も追求します。三洋化成は、自社ブランドの化粧品の販売を目指しており、日本触媒が持つ植物などから抽出する天然由来成分や、素材を極めて細かく加工する微細加工技術を組み合わせることで、製品のラインアップを広げていく計画でしょう。これは、化学技術をコンシューマー向け製品という、より市場に近い領域で活かす戦略的統合だと言えます。
研究開発の面では、両社の強みと弱みを補完し合う関係が築かれるでしょう。五嶋社長は、日本触媒には新しい事業を育てるための研究力はあれども、それを実際に事業化へ結びつける意識がまだ十分ではないと認識しています。同社は、化学産業の上流にあたる基礎化学品を主に扱ってきた歴史があるため、新製品の開発においても、調達しやすい自社原料の使用にこだわりがちで、結果として開発できる製品の多様性が広がりにくかったという背景があります。
一方の三洋化成は、マーケティング力に優れており、3,000種類以上もの多岐にわたる化学品を取り扱っています。外部から多様な原料を調達し、それらを巧みに組み合わせて付加価値の高い製品を生み出してきた実績があります。五嶋社長も、「顧客の元へ足繁く通い、彼らが本当に何を求めているのかを探索し見つけ出すことが非常に巧みである」と三洋化成の市場対応力を高く評価しました。両社の得意分野を掛け合わせることで、革新的な製品が生まれる可能性は極めて高いと私は考えます。
統合の背景:主力事業が直面する厳しい現実
今回の経営統合の背景には、両社の主力事業であるおむつ原料事業の中長期的な先行き不透明感があります。おむつの需要は、世界的な人口増加や新興国の生活水準の向上に伴い市場が拡大を続けているのは事実です。しかし、その一方で、競合他社との競争激化が凄まじく、製品の採算性は悪化の一途を辿っています。
日本触媒によると、おむつなどに使われる高吸水性ポリマー(SAP)の世界市場規模は年間300万トンにも上り、毎年5%~7%の成長を続けている巨大市場です。しかし、住友精化や中国・韓国のメーカーなどが相次いで生産能力の増強や新規参入に動いており、市場価格は低迷しています。原料から手掛ける世界首位の日本触媒でさえ、シェアは約2割に留まっているのが実態です。そして、5位の三洋化成は原料を外部調達に頼らざるを得ず、大規模な新たな設備投資も難しい状況にありました。
五嶋社長は「両社はそれぞれ10年間は単独でも存続可能である財務基盤を持っている」としながらも、「その先、持続的に生き残っていくためには、現在の規模では小さすぎる」と、危機感を率直に示しました。世界のSAP市場を見渡すと、2位のドイツのBASFや3位のエボニックといった欧州の巨大化学メーカーの売上高は、日本触媒の約3,500億円を遥かに凌駕する規模です。売上高営業利益率も、ドイツの2社が9%超であるのに対し、日本触媒が7.4%、三洋化成が**8.0%**と、収益性でも差をつけられています。
こうした状況を踏まえ、今回の統合計画は、株式市場からも高く評価されています。みずほ証券の山田幹也シニアアナリストは、「合理化効果だけでなく、新製品の開発・拡販という面でも相乗効果が期待できる」とコメントしており、ポジティブな反響が寄せられています。両社の2018年度の自己資本比率はそれぞれ70%近くと極めて健全であり、足元の独立経営には問題がなかったからこそ、未来を見据えた戦略的な統合であると受け止められているのでしょう。
もちろん、新規事業分野においても楽観は許されません。電池の分野では、競合他社が全樹脂電池以外の様々な次世代製品の開発を急いでいますし、化粧品分野でも競争は極めて激しいです。統合効果をいち早く引き出すためには、単なる経営資源の融合だけでなく、人事制度や長年培われた企業文化をいかに迅速かつ円滑に一体化できるかが、成功の鍵を握ると言えるでしょう。技術や研究開発ノウハウで相互に補完し合う関係にある**「非おむつ事業」をどこまで育み、高収益を生み出す独自の製品を増やせるか。今回の経営統合は、日本を代表する化学メーカーの未来を賭けた挑戦**であると言っても過言ではありません。
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