2019年11月上旬、トルコの首都アンカラの駅は、熱烈な歓迎ムードに包まれました。ホームには各国の来賓が並び、その中には総勢75名にも及ぶ中国からの代表団の姿もありました。彼らの視線の先にあったのは、中国北西部の西安から出発し、はるかチェコのプラハを目指す巨大な貨物列車です。
この「中欧班列」と呼ばれる列車は、カザフスタンからトルコ、そしてセルビアなどを経て、1万1483キロメートルという果てしない距離を18日間で走破します。この所要時間は、従来のロシアを通るメインルートとほぼ変わりません。アジアと欧州を結ぶ物流に、今まさに劇的な変化が起きようとしているのです。
日本の「マルマライトンネル」が切り拓いた鉄路
この壮大な新ルートを実現させたのは、実は日本の技術でした。イスタンブールのボスポラス海峡を貫く「マルマライトンネル」の存在が、貨物輸送のミッシングリンクを繋いだのです。これまで貨物はフェリーに積み替える必要がありましたが、この海底トンネルによって、鉄道のまま海を越えることが可能になりました。
このトンネルは、日本の国際協力機構(JICA)が2000億円近い資金を投じ、大成建設などの企業連合が最先端の「沈埋工法(ちんまいこうほう)」で建設したものです。これはあらかじめ製作したトンネルのブロックを海底に沈めて繋ぎ合わせる技術で、水深60メートルという世界最深級の難工事を成し遂げました。
SNSでは「日本の技術が中国の国家戦略を助ける形になるとは皮肉だ」という声が上がる一方で、「純粋に日本の土木技術の高さが世界を繋いでいることに誇りを感じる」といった複雑な反応が広がっています。2013年10月29日の開通式に安倍首相が出席した際、誰がこの結末を予想したでしょうか。
米欧の不協和音を突く中国とトルコの接近
現在、アメリカと欧州連合(EU)の間では、関税や課税を巡る対立が深刻化しています。こうした状況下で、トルコは中国との関係強化に活路を見出しているようです。エルドアン大統領は2019年7月に訪中し、自国の「中部経済回廊」と中国の「一帯一路」の融合を強くアピールしました。
一帯一路とは、古代のシルクロードのようにアジアと欧州を陸路と海路で結び、巨大な経済圏を築こうとする中国の構想です。専門家は、今回の新ルート開通について「ロシアに依存しない代替ルートを確保する、地政学的なリスク分散の側面が強い」と分析しており、中国の戦略的な意図が透けて見えます。
私は、この事態を単なる経済ニュースとして片付けるべきではないと考えます。日本の良質なインフラが、結果として他国の政治的チェス盤の上で重要な駒として機能している事実は、今後のインフラ輸出のあり方に一石を投じるものです。技術は中立ですが、その使い道は極めて政治的なのです。
2025年、500万トンの貨物が動く「鉄のシルクロード」
トルコ国鉄の総裁は、2023年から2025年までには、この路線を年間500万トンの貨物が通過するようになると強気の見通しを立てています。パソコンや自動車部品が欧州へ運ばれ、代わりに粉ミルクや医薬品がアジアへ届く。トルコはこの「鉄のシルクロード」の要所として返り咲く予感に満ちています。
2018年8月に発生した通貨リラの暴落という苦境を乗り越えようとするトルコにとって、中国からの投資や物流網の整備は、喉から手が出るほど欲しい果実でしょう。実際に、中国の海運大手はすでにイスタンブールの主要な港を買収するなど、着々とその足場を固めています。
日本の血税と技術が注ぎ込まれたトンネルが、夜な夜な中国の野望を乗せた貨物列車を運ぶ光景。それは、国際政治のしたたかさと、インフラ支援が持つ「予期せぬ影響力」を私たちに突きつけています。この線路の先にある未来が、真に世界の繁栄に寄与することを願わずにはいられません。
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