アフガニスタンの大地に緑を蘇らせ、多くの命を救い続けた中村哲医師の訃報は、日本中に深い悲しみをもたらしました。2019年12月05日、福岡市にある「ペシャワール会」の事務所では記者会見が開かれ、現地で凶弾に倒れた中村さんの遺体を日本へ迎え入れるための詳細な計画が発表されています。
会見によれば、中村さんのご家族と同会のメンバーを含む計5名が、2019年12月06日の未明に日本を発ち、遺体が安置されているカブールへと向かいます。最愛の夫であり父であった中村さんを迎えに行くのは、奥様と長女のお二人です。そこに理事ら3人が同行し、悲しみを抱えながらも強い覚悟で現地入りする予定となっています。
一行は2019年12月06日に羽田空港を出発した後、アラブ首長国連邦のドバイを経由するルートを辿ります。現地時間の同日昼にはカブールに到着する見込みですが、アフガニスタンのガニ大統領も空港での見送りを希望しているとのことです。国を挙げた敬意の表れは、彼がどれほど現地で愛されていたかを物語るでしょう。
SNS上では、このニュースを受けて「あまりにも大きな損失だ」「彼の築いた用水路は永遠に残る」といった、早すぎる死を悼む声が絶えません。それと同時に、残されたご家族の心痛を思いやる温かいメッセージも数多く寄せられています。中村さんの志を絶やしてはならないという決意の輪が、今まさにネットを通じて広がっています。
受け継がれる「ペシャワール会」の精神と復興への歩み
中村さんが心血を注いだ「人道支援」とは、単なる物資の供給ではありません。医師という枠を超え、干ばつに苦しむ土地に用水路を建設し、住民が自立して生きていける基盤を作るという壮大な試みでした。専門用語で言えば、これは「開発援助」の中でも最も草の根に近い、生活に密着した形態と言えるでしょう。
編集者としての私見ですが、武力ではなく知恵と汗で平和を築こうとした彼の姿勢は、現代社会が最も必要としている勇気そのものです。一人の日本人が遠く離れた地で示した「真の国際貢献」の形は、言葉以上に重く私たちの心に響きます。彼の死は悲劇ですが、その遺志が途切れることは決してないはずです。
無言の帰宅となる予定の2019年12月09日午前、中村さんは住み慣れた福岡の地へと戻ってこられます。激動のアフガニスタンで最期まで人々のために走り抜けた中村さんを、私たちは敬意を持って迎えなければなりません。彼が守ろうとした「命の輝き」を、今度は私たちが日本から見守り続ける番でしょう。
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